アーセナルの新スカウト長、ミスリンスタットが発掘した選手TOP5

今季、アーセナルの新たなスカウトチーフに就任したスヴェン・ミスリンスタット氏。

ボルシア・ドルトムントで長くユルゲン・クロップ監督を支えていたものの、トーマス・トゥヘルとの関係がこじれてしまい、チームを去った。

そして彼が次なる活躍の舞台として選んだのがアーセナルだった。早くもコンスタンティノス・マヴロパノスという「らしい」補強を行っている。

彼がこれまで行ってきた「最高の契約」とはなにか?

5位:ヤクブ・ブワシュチコフスキ

「クバ」の愛称で知られているブワシュチコフスキは、2007年にヴィスワ・クラクフから獲得された。

そして彼はユルゲン・クロップ監督が率いていたボルシア・ドルトムントの中で、最も信頼できる選手の一人になった。

ポーランド人のウインガーはクラブの要石のような存在となり、2回のリーグ優勝に貢献。DFPポカールのタイトルも掲げた。

クバはポーランド国内リーグでタイトルを獲得したあと、すぐにドルトムントへとやってきた。よく知られた選手ではなかったが、彼のパフォーマンスはドルトムントを世界の舞台へと引き上げた。

彼はドルトムントで252試合に出場し、32ゴールを決めた。退団後はフィオレンティーナ、ヴォルフスブルクでプレーしている。

4位:香川真司

香川真司は2010年、35万ユーロ(およそ4650万円)というバーゲン価格でボルシア・ドルトムントへとやってきた。

はした金のような額で契約された小柄なMFは、ブンデスリーガでも最も優れた選手の一人になっていった。

そして2010-11、2011-12シーズンのリーグ優勝に大きく貢献し、2012年にはDFBポカールも制覇した。

この攻撃的MFは広いビジョン、高い技術、巧みなパスで知られており、幾つかの重要なゴールを決めてきた。

彼のパフォーマンスはマンチェスター・ユナイテッドへの移籍という夢を追わせることになったが、2014年に復帰することになった。

ミスリンスタットは言う。『スカウトとしての自分のキャリアでキーとなったのは香川真司だった、下部リーグで若い選手を見つければ、少ないお金で差を作れる』と。

3位:ウスマヌ・デンベレ

ウスマヌ・デンベレは、フランス・リーグアンで知名度を上げていた時、ミスリンスタットの誘いでドルトムントへとやってきた。

彼はレンヌから買われたが、1年間の所属だけでバルセロナへと移籍することになった。

ドイツではなかなかのシーズンを過ごし、ブンデスリーガのベストイレブンにも選ばれた。50試合に出場し、10ゴールを決めた。

彼に目をつけたバルセロナはすぐに獲得へと動き、紆余曲折の末に1億500万ユーロ(およそ139.6億円)で売却されることになった。これはドルトムントにとって素晴らしいビジネスだった。

ドルトムントはボーナスを含めれば1億3000万ユーロ(およそ172.8億円)を手にすることができるという。わずか1年で大きな収益だった。

2位:ピエール=エメリク・オーバメヤング

サンテティエンヌから2013年にドルトムントへやってきた彼は、フランスでゴールランキング2位となりブレイクしていた。

ミスリンスタットは彼を早くにチェックし、契約が終わりに近づいていたロベルト・レヴァンドフスキの後釜候補として引き入れた。それはすぐに成功を収める。

ドルトムントで213試合に出場した彼は、その中で141ゴールを決めており、ヨーロッパでも最も危険なストライカーになった。

黄色いジャージを身に着けて4年半戦い、2016-17シーズンには31ゴールで得点王にも輝いた。

そして今季、再びミスリンスタットによってアーセナルへと引き入れられている。

1位:ロベルト・レヴァンドフスキ

ミスリンスタットの最高の契約と言えば、簡単に選ぶことができる。それはもちろんレヴァンドフスキだ。

彼はポーランドのレフ・ポズナニから450万ユーロ(およそ6億円)で獲得された。ほとんど知られていなかったが、ドルトムントで世界最高のストライカーに成長した。

当初はルーカス・バリオスの控えだったが、その後高い得点能力を見せつけ、エースとしての立場を確固たるものにした。

バイエルン・ミュンヘン戦を含め、彼は非常に多くの重要なゴールを決めてきた。

2013年にはチャンピオンズリーグ決勝でそのバイエルンに敗北。そしてさらにバイエルンへとフリーで移籍していった。ドルトムントにとっては悲喜こもごもである。

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