向き不向きと思えばいい 商社辞め、契約社員に  U30のコンパス20部「仕事を離れて」(1)

契約社員として再び働き始めた上本良美=京都府

 

 仕事を辞めるのには勇気がいる。安定した収入は途絶え、貯金だっていつかはなくなる。将来への不安が消えることはない。でも、今の働き方は本当に自分に合っているんだろうか。思った通りに仕事が来なくて引きこもったり、無職の時間を利用してふらふらしてみたり。仕事とどう向き合うのか、いったん立ち止まり、模索する姿を届ける。

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 「仕事を辞めるって、マイナスのイメージ。でも、辞めてよかった。向き不向きと思えばいい」。5年半勤めた商社を辞め、2年以上の無職生活の後、電子部品会社の契約社員として再び働き始めた上本良美(26)=仮名=は声を弾ませた。

 高校卒業後に地元の京都で商社に就職した。配属先は女性ばかりの部署。40、50代の独身が多く「大奥」と呼ばれていた。上司は機嫌がそのまま表に出る女性。「辞めるなら1年前には言え」「どうせ腰掛けのつもりでしょ」。厳しい声が今も耳から離れない。

 1日8時間座りっぱなし。必死にパソコンのキーをたたいた。それでも終わらない。給与明細を見て「頑張ってこれだけか」と気持ちが沈んだ。楽しさはどこにもない。異動希望は認められず、入社後すぐに、退職を考え始めた。

 そんなとき、高校時代の友人から長期旅行に誘われた。働くこと自体が嫌になっていた。語学留学とうそをついて辞表を出し、2カ月間海外に。イギリス、スペイン、ギリシャを回った。ギリシャでは「寝て起きて、海で泳ぐだけ」を1週間。何をしても楽しかった。

長期海外旅行中に撮影した画像が残る上本のスマートフォン

 帰国後も貯金は200万円ほどあった。たまに派遣の仕事をしたが「ほぼ毎日、自宅でごろごろ」。家では、洗濯と洗い物を手伝うくらい。テレビや雑誌を見て、携帯電話をつつく。友人と遊んだり、ハングル講座を受けたりした。自由だった。予定に縛られず、充実していた。

 ただ、将来への不安は心の片隅に常にあった。「ふらふらしていれば何かが見つかると思った。でも、働きたい気持ちになれなかった」

 母親からは「仕事をしたら」と言われるように。年齢を重ね、貯金が無くなってくると、いよいよ不安は大きくなった。「選ばなければある」と思っていた仕事は、興味を持てないものだ、とも気付いた。

 2人の男性と交際もした。仕事をしたくないから結婚しようという気持ちがあった。1人は仕事をしていたときから2年ほど付き合ったが、「この人ではない」と別れを切り出した。もう1人とは結婚を意識し、一緒に住んだ。しかし、過ごしているうちにかみ合わないところが出てきて、1年半ほどで別れた。

 貯金が底を突き、契約社員になった。

 前職とは全く違う電子部品会社の事務職。でも丁寧に教えてもらえた。職場の雰囲気にゆとりもあった。3カ月だけと思って始めたが、続けたくなった。

 契約更新の時期ははらはらしたし、正社員になりたい気持ちがないわけではない。でも、責任や人付き合いで面倒が増えるし、今の契約が続いてくれたらそれでいい。

 「日々の仕事を無理なくこなすことの何がいけないのか」。目標とか人の評価って、結局は他人に上手にアピールするかどうかの世界。きっちり、仕事をこなしたかは関係ないと思う。

 ブラック企業や過労死のニュースをみると、やり切れなくなる。「正社員の今」を手放すのに覚悟がいることは知っている。仕事を辞めると、できない人とか、逃げたとか言われる。いくら大変でも言い出せない。

 でも、仕事を辞めなかったら、ずっと悩み続けただろう。旅行や自由な人との関わり。仕事から離れてみて、こんな生活や感覚だと分かった。きっと、そんなに悪いことばかりじゃない。(敬称略、年齢や肩書は取材当時、共同=間庭智仁29歳)

 

▽取材を終えて

 なんであんなに記者になりたかったんだろう。つらい取材、意味を見出せない仕事に取り組むときに幾度となく頭をよぎる。「楽しくないこともやるから、給料がもらえる」と理解しているつもりだ。「仕事を辞めたい」の先に何があるのか。同僚や友人たちと話していると、気になるのは自分だけではないようだった。そんな疑問に応える記事を書いてみたかった。

 上本さんと話して、感じたのは「暗さがない」ことだった。彼女は退職という決断に後悔がないという。「前よりいい」。自らに言い聞かせるのではなく、言葉の1つ1つがさっぱりとしていた。

 仕事を辞めても、向き不向きと思えばいい。わかっていても受け入れられる人ばかりではない。「逃げた、負けた」と他人にレッテルを貼られなくても、自分で自分を責める人は少なくないはず。じゃあ、どこまで頑張ればいいのか。

 きっと答えはないのだけど「悪いことばかりじゃない」と話す彼女の言葉を聞いて、少なくとも自分を追い詰める必要なんて全くないのだと思った。

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