悲しみと平和への希望、紡ぐ音色

伝統楽器奏者のシリア人女性

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47リポーターズ

地方新聞社や共同通信の記者らによる署名入りコラム。 地方創生に絡む問題を多く取り上げ、新聞記事とは違った切り口で提供します。

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伝統弦楽器カーヌーンを演奏するシリア人女性マヤ・ユセフさん=2016年2月、ロンドン(本人提供・共同)

 

 琴に似た中東の伝統弦楽器カーヌーン奏者、シリア人女性マヤ・ユセフさん(33)が故郷の平和を祈りながら、遠いロンドンで作曲、演奏活動を続けている。昨年11月に初アルバム「Syrian Dreams(シリアの夢)」を、日本を含む世界で発売し、大学院では音楽を通じシリア難民の子どもたちのトラウマ(心的外傷)を癒やす研究に取り組む。悲しみと希望を紡ぐ哀愁を帯びた音色には、故郷への深い思いが込められている。

 ▽花になった爆弾

 シリアが内戦状態に陥った2012年の夏の暑い日。大学院で音楽を学ぶため、ロンドンに移って数カ月が過ぎたころだった。マヤさんはテレビのニュース映像に目を奪われた。傍らで寝ている幼い息子と同じ年頃の女の子が、空爆で死んだと伝えていた。

 シリアに残る両親らを案じる日々。「心に大きな地震が起きたようだった」。怒りや悲しみで感情が高ぶり、涙がこぼれた。すると突然、頭の中で音楽が鳴り始めた。カーヌーンを取り上げて一気に書き留めた。初めての自分の曲「シリアの夢」が生まれた瞬間だった。

 アルバムにも入っている曲「バラの花になった爆弾」は自分が実際に見た夢を基にした。見上げた空からゆっくりと落ちる爆弾が、地上に届く間にバラの花びらに変わっていく夢だった。

 ▽男の世界

 伝統楽器カーヌーンは弦を七十数本張った台形の木箱。膝の上に乗せ、弦をつま弾いて演奏する。その優雅な音色は遠く外国で暮らす中東の人々の郷愁をかき立てる。

 父は脚本家、母は翻訳家。リベラルで音楽好きの両親の下で、幼少期から世界の音楽に親しんできた。バイオリンを習い始めた9歳の頃だ。首都ダマスカスで母と乗ったタクシーでかけられた音楽に心を奪われた。「この楽器は何? 私、これを習いたい!」

 運転手は「カーヌーンは男が演奏する楽器だ。忘れた方がいい」と笑った。しかし両親の理解とマヤさんの決意が、伝統的な男の世界に道を開いた。その日、カーヌーンのクラスに空きが出た幸運も重なった。歳の頃には国内コンクールのユース部門で賞を取るほどの腕前に。学生時代には西洋クラシック音楽の理論を学び、中東オマーンで大学の専任教員も経験した。

 ▽生きる力

 イスラム教徒、キリスト教徒、クルド人などさまざまな宗教、民族の人たちが共に暮らす故郷のように、自身の音楽もアラブ古典音楽にジャズやフラメンコなどの要素を取り入れ、枠にとらわれないのがスタイルだ。シリアは今、同胞同士が殺し合う内戦のただ中にあるが、「私の音楽はすべてのシリア人のもの」と言い切る。

 初のアルバムは評判を呼び、英BBC放送は「カーヌーンの女王」と評し、ドイツでは賞を受けた。来年は欧州ツアーを予定し、その後は日本も含めた世界各地を回りたいと考える。

 現在、英国人の夫、7歳の息子とロンドンで暮らすが、心は常にシリアにある。シリア難民の子どもたちのトラウマをいかに癒やし、心の安定を取り戻すことができるかがロンドン大東洋アフリカ研究学院の博士課程での研究テーマで、レバノンの難民キャンプで現地調査も検討中だ。

 シリア内戦の激戦地だった北部アレッポの少女から、停電の暗がりでずっと聞いているマヤさんの音楽が「生きる力を与えてくれた」というメッセージが届いた。「音楽には戦争や死と対極にある、生と希望を与える力がある」。笑みの中に強い信念が見えた。(ロンドン共同=島崎淳)

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