「しなないために生きるんだよ」 難病抱える子と家族の思い 2月28日は世界希少・難治性疾患の日

 「しなないために生きるんだよ」-。長崎県東彼杵町で暮らす岡本一祈(いつき)君(8)は、世界でも症例が少ない難病を抱えている。寝るときは人工呼吸器を欠かせない。一つ一つ、できること、できないことを判断しながら、日々を過ごしてきた。でも、本人も家族も笑みを絶やさず現実と向き合っている。28日は「世界希少・難治性疾患の日」。

 母親の明香さん(36)は一祈君がおなかにいるとき、出産直前までつわりが続くなど体調が悪かった。何となく抱いた違和感。無事に生まれてほしいと、名前に「祈」の思いを込めた。だが、生まれた後も、泣くたびに呼吸が止まったり、けいれんを起こしたり-。1歳で受けた診断は、てんかんを引き起こす「異所性灰白質(いしょせいかいはくしつ)」だった。

 「予想より厳しい現実でした」。発作を心配する毎日に加え、へんとう肥大で除去手術を3度も受けた。耳管へんとう肥大も悪化。呼吸中枢にも異常があり、気道確保のため、3歳から夜は人工呼吸器が手放せなくなった。

 医師からは会話ができなくなるかも、と告げられた。「正直、期待は捨てました」。そんな母の不安を感じとったのか。一祈君は、たどたどしい口調で語り掛けてきた。「大きくなったらママを温泉に連れて行ってあげる」。幼い心の中にあった確かな未来。明香さんは悲観することをやめた。

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 小児病棟には、さまざまな病状の子どもがいた。ある日、一祈君がこんなことを口にした。「あの子はおへそから、あの子は鼻から、僕は口からご飯を食べて、みんな、ぽんぽん、ぱんぱんだね」。見たものや聞いたことを素直に紡ぎ出す言葉。そこに偏見などなかった。「誰もが価値のある人生を生きていると息子から学びました」

 5歳のとき、指定難病「神経細胞移動異常症」の診断を受けた。昨年、家に泊まりに来た友達が人工呼吸器を見て尋ねた。「何でそれ付けてるの?」。一祈君は答えた。「死なないために生きるんだよ」。翌日、明香さんは聞いた。「『生きる』と『付ける』を間違ったの?」。一祈君はノートにつづった。「しなないために生きるんだよ」

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 自閉症でもある一祈君は、地域に支えられている。バスの運転手も理解し、車内で落ち着きがなくなっても「よか、よか」と受け止めてくれた。「この『よか、よか』に家族はどれだけ救われたか」。明香さんの言葉に感謝がにじむ。

 しかし難病患者が置かれた状況は知られていない。保険適用外の医療機器や治療は多く、入退院の繰り返しで付き添う家族の食事代や交通費もかさむ。仕事も休まざるを得ない。そんなことには目を向けず、心ない言葉を耳にするときもある。「手帳があれば手当をたくさんもらえるんでしょ」「税金泥棒」-。

 段差をなくすなどハード面のバリアフリーは進んでいるが、この点はまだ遅れている。明香さんは現状をそう受け止める。さらに「患者側も甘えるだけではだめ」としてこう願う。「段差のあるなしではなく『助けてください』『手伝いましょうか』と声を上げる勇気があれば解決できることもある。ソフト面のバリアフリーも進んでほしいな」

 ■ズーム/世界希少・難治性疾患の日

 患者の生活の質の向上を目的に、2008年にスウェーデンで始まった啓発活動。毎年2月最終日に85カ国以上でイベントを開く。長崎県では今年、東彼杵町瀬戸郷の海月食堂で開かれ、患者の日常写真や資料を3月4日まで展示。4日午後1時から患者や家族との交流会がある。

カメラの前で明るくポーズを決める岡本一祈君。夜は人工呼吸器が欠かせない=東彼杵町(明香さん提供)

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