▽忖度が働いた場面
―公的融資をめぐり公務員が背任罪に問われたのが、1990年代に同和対策事業の一環で不正融資が繰り返された「モード・アバンセ」事件だ。
「高知県の副知事らが自らの失策が明るみに出て失脚することを恐れてやった、と裁判所は認めた。出世狙いや今の地位を保つためにやることは自己への利益目的に当たる。忖度は保身を図る場面で働くものだ」
―学園から訴訟を起こされるリスクが財務局内で懸念されていた。交渉を始めた当初、国が学園側にごみの存在について十分な説明をせず、裁判で負ける可能性を考えたのかもしれない。
「そんな裁判で負けたりはしないだろう。万が一、負けることがあっても、国は企業でないのでつぶれないし、賠償金を払うだけのことだ」
―担当者にすれば勝ち負けのリスクでなく、訴訟を起こされること自体がリスクだったはず。
「確かに、訴訟を起こされたら自分の地位が危うくなる、と心配になる。ただ、それこそ保身による自己図利目的が問われる話だ」
―学園に売らなければ国にとってマイナスと判断したのかもしれない。
「この土地は過去に『買いたい』と申し出た学校法人があり、売れないような土地ではなかった。仮に売れなくても、国として持っていればいい」
―捜査官も同じ公務員だ。ことさら自分の利益のためにやっていないのに背任罪に問うことは心情的にも難しいのでは。
「だれも積極的に国に損害を与えようと思ってやってはいない。公務員の感覚からすれば、忠実に仕事をしている人間が上からやらされたような案件で起訴したくはないだろう」
▽組織として売却決定
―学園からあれこれ対応を迫られ、つい値引きに応じてしまった、と。
「とは言っても、この金額の大きさから言えば『ついやっちゃった』では通らない話。当然、財務局が組織として売却を決定したはずだからだ」
―担当者が組織から背中を押される形で学園との対応に当たった結果が損害につながった、と。
「『相手の言うことを聞け』という安倍昭恵さんを始めとする首相サイドのプレッシャーがあったかどうかが国会で追及されている。そこが明らかになれば、もっとスキャンダルになる」
―組織的対応の結果責任を、担当者個人が負うのはふさわしいのか。
「民間では会社組織を守るために嫌々やらされた行為でも有罪になるケースが数多くある。悲しいことだが、その地位にある以上は責任を負わなければいけない。量刑で情状が酌量される事情にはなりうるが」
「背任罪の適用を考えるとき、立件対象の範囲、つまり組織の中で誰を責任者とするかもポイントだ。少なくとも決裁権者だった財務局長までは調べないといけない」
―犯罪というより「(売り方が)ずさんだった」という話で終わってしまうのでは。
「いいかげんな調査をもとに大幅に値引きしている。裁判所は民間には厳しく対応しており、調査義務に反すれば、背任は間違いなく問われる。特にバブル崩壊で破綻した銀行の訴訟を見ているとそうだ」
―売買契約書に、瑕疵担保責任(欠陥が見つかったときに売り主が買い主に対して負う責任)を将来にわたり免除する特約をつけた。リスク回避策としては適当だった、と指摘する声もある。
「特約のおかげで学園から訴えられるリスクは完全にゼロになったが、相手の言い値でただ同然で売った。民間なら、なぜそんな取引をしたのか、と後で非難される」
▽試金石になる
―公務員と民間人とで立件のハードルに差は。
「事実としてはある。バブル崩壊後、破綻した銀行の経営者は容赦なくやられた。一方、日本では『公務員は滅私奉公』の考え方が根強い。あくまで国のためによかれと思ってやったんだ、と」
「国家公務員は悪いことをしないと思われてきた。だが本件はそうでないという話だから、試金石になるだろう」
―捜査当局の裁量で決められるのか。
「そうだ。公務員が背任罪で立件されるケースは非常に少ないが、いったん裁判所に事件が送られてしまえば、同じ理屈で裁かれる。判例で違いはない。起訴されたら無罪は極めて難しくなるだろう」
―明るみに出たいくつかの音声データでは、国の担当者が学園側と特に親密だったわけでなく、“脅されている”感じすら見受けられる。
「それでも同じだ。十数年前まで、総会屋に会社が利益供与する事件が相次いでいた。総会屋の嫌がらせで業績が落ちる懸念から応じただけなのに、担当者は有罪になった。国民の財産を預かる立場の人間なら、なおさら脅しに屈するのは駄目だ」
―捜査関係者の多くは「背任は難しい」と難色を示している。2009年に特捜部自らが引き起こした郵便不正事件のトラウマがあり、無罪の可能性が出てくるような案件には触手を伸ばしにくいのではないか。
「例えば、差し戻し審も無罪になった1990年代の北国銀行事件は、難しい経営判断が焦点になったケースだった。本件は単純な取引だ。この土地を売買して終わりになる関係において、高度な経営判断を駆使して安くした、などという認識にはとうてい立てない」
「背任行為が行われたにもかかわらず、組織のトップだったと言える佐川宣寿財務省理財局長(当時)は『交渉文書は廃棄した』と国会で不可解な答弁に終始し、揚げ句、国税庁長官に栄転した。刑法は正直者がばかを見ないようにする法律。これでは刑法が持つ社会的機能が崩壊してしまう危険がある。放っておくべきではない」