遺体なき死体遺棄の行方は 容疑者は処分保留で釈放

 「遺体なき死体遺棄事件」が2月、清川村の宮ケ瀬湖で発生した。任意の聴取や状況証拠を基に、県警は容疑者の逮捕に踏み切ったが、容疑を裏付ける物証となる遺体は勾留期限までに見つからず、横浜地検は処分保留で釈放の判断を下した。識者は死体遺棄罪の立件に際し「遺体がなければならないとの法的要求はない」とする一方、「その場合は、起訴へのハードルが高くなる。客観的証拠を積み重ねる慎重な捜査が不可欠」と指摘する。

 県警の調べでは、釈放された男性は2月1日夜、宮ケ瀬湖に知人女性の遺体を遺棄したとして、同4日に死体遺棄容疑で逮捕された。女性の交友関係の捜査から男性が浮上。逮捕前の任意の聴取に遺棄をほのめかし、湖周辺の防犯カメラ映像などでも男性の乗用車の通行を確認したという。

 捜査幹部は、逃亡や証拠隠滅の可能性も踏まえ「逮捕せずに放っておくわけにはいかないと判断した」と話す。

 県警は逮捕に合わせ、遺体の捜索活動を本格化。しかし、現場は最深部が約80メートルに達し、濁りもあって、水中探査機を投入した捜索でも遺体の発見には至らなかった。

 県警は釈放後の同26日に女性の行方不明事件として捜査本部を設置し、全容解明を進める。

  ◇ 死体遺棄容疑での逮捕に遺体の有無は必要要件なのか。

 中央大大学院法務研究科の井田良(まこと)教授(刑法)は「証拠の一つにすぎず、他に嫌疑を裏付ける相当な証拠があれば、法律上、逮捕などの強制捜査に支障はない」と解説する。ただ、起訴段階ではより高度な証明が求められ、遺体がないままでの起訴は「当然、ハードルが高い。例えば遺体の写真が存在するなど、『特別な状況』が必要になる」との見方を示す。

 憲法は、本人の自白のみでは罪に問えないと規定しており、供述偏重の捜査がご法度なのは言うまでもない。

 17世紀後期の英国では、行方不明になった主人に対する殺害の嫌疑をかけられた下働きの男が犯行を自供。裁判を経て死刑執行後に、主人が旅先から帰還したとの事例も報告されている。

  ◇ 「理論的には遺体なき死体遺棄や殺人での有罪立証は可能」。関西学院大法科大学院の川崎英明教授(刑事訴訟法)もこう指摘した上で言う。「逮捕で身柄を拘束する事実は重い。今回のケースに関し詳細な事情は分からないが、遺体の発見が難航する可能性も踏まえた逮捕の判断が必要ではなかったか。その点で見通しの甘さがあった」 さらに川崎教授は「そもそも遺体がない以上、被害者が事件に巻き込まれて亡くなった根拠をどこに求めるのか」と疑問点を挙げ、「客観的な証拠を積み重ねた上で、逮捕の是非を判断すべきだったのでは」との見解を示す。

 過去にも遺体なき殺人、死体遺棄事件はあったが、法廷では有罪、無罪両方の判例があり、川崎教授は「遺体に匹敵する状況証拠があるかどうかが判断の分かれ目」と解説する。

 疑問を氷解する遺体は果たして、見つかるのか。県警は「湖岸を中心に捜索を継続し、あらゆる可能性を視野に粘り強く捜査していく」としている。

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