【MLB】イチローら指導の名コーチが野茂氏の推薦で渡米 メジャーで伝える打撃論とは

パドレスで指導する新井宏昌氏(左)と野茂英雄氏【写真:西山和明】

通算2038安打の好打者・新井宏昌氏が唱える「速くて強い打球」

 今季で就任5シーズン目を迎えるパドレスのAJ・プレラーGMは、かつて名うての国際スカウトだった。レンジャーズ時代には大学のクラスメイトだったジョン・ダニエルズGMの右腕として、中南米はもちろんアジアにも頻繁に足を運び、世界各地での野球文化の理解を深めた。その中でも、日本の野球に一目置き、指導方法や理念を上手くメジャー式に融合できないかと考え、野茂英雄氏や斎藤隆氏を特別アドバイザーとして招聘。傘下3Aのコーチとして球団OBの大塚晶文氏も名を連ねる。3人はいずれも日米球界を経験し、成功を収めた投手だが、昨秋からは日本が誇る巧打の人も加わった。南海、近鉄で通算2038安打を放ち、首位打者にも輝いた新井宏昌氏だ。

 40歳で引退するまでプロ18年の長いキャリアを送った新井氏とパドレスをつないだのは、近鉄時代に同僚だった野茂氏だった。昨季のチーム打率(.234)、出塁率(.299)、得点(604)は30球団で最下位に沈んだ一方で、三振数(1499)は30球団中3位の多さ。球団はシーズン終了前の9月1日に元西武のアラン・ジンター打撃コーチを解雇。チームとして打撃の質を上げるため、育成の過程で選手が持つポテンシャルを最大限に引き出すために、海外の野球人が持つ打撃理論に耳を傾けることにした。その時、野茂氏が推したのが“大先輩”新井氏だった。

「遊撃にハビエル・ゲラという守備の上手い選手がいて、彼の打撃がよくなればメジャーに定着するんじゃないか、彼のよさが出ていない、と野茂は考えていたようです。そこで去年の秋にアリゾナの球団施設で、少し見させてもらったんです。ほんの3日くらいしか一緒に取り組めなかったんですが、その後の秋季リーグで感触がよかったようで。また接したい、ということで、この春も野茂から連絡があって2月15日から2週間ほど、アリゾナに行かせてもらいました」

 ゲラはパナマ出身の22歳で右投げ左打ちの遊撃手。2015年オフにアスアヘ、マーゴット、アレンと共に、守護神クレイグ・キンブレルとの交換トレードでパドレスに移籍した。当初から守備に定評はあったが、これまでマイナーでは通算35本塁打ながら494三振、打率.241、出塁率.296と打撃に難があった。身長180センチ、70キロとメジャーでは決して大きくないゲラに会い、そのスイングを見て「ホームランを欲しがるのではなく、アベレージ(打率)を上げていったらどうだろう」と提案したという。

右投げ左打ちの個性の見極め、イチロータイプか松井秀喜タイプか

「これまで右投げ左打ちですとイチローや川崎宗則、丸佳浩あたりを少し指導して、彼らが3割くらい残せるきっかけをこしらえることができたのかなって。イチローは僕とは関係ないとんでもないプレーヤーになったわけですけど(笑)。それでゲラにも、外角球を逆方向に低く強く打ち返す練習を進めて、取り組んだんですね。

 右投げ左打ちでも、イチローみたいな個性と松井秀喜みたいな個性があります。松井のようにメジャーでも見劣りしない体格の持ち主であれば、僕の言うアベレージを求めることはない。ただゲラは体がそこまで大きくないですから、素晴らしい守備を売りに、打撃ではいいコンタクトをしたラインドライブで打率を上げられればいいのかなと。タイプによっては、外野手の間を抜く、内野手が追いつけない、そういった速くて強い打球を目指すべきじゃないかと思いますね。僕はそういう人に指導したいと思うし、そう間違ったことは言わないんじゃないかと思います」

 プロ18年で通算打率.291、打率3割超えは7度、1987年には首位打者(打率.366)にも輝いた。自身の現役時代も、逆方向への強い打球を意識して打席に立ったという。

「ホームランは気持ちがいいから欲しがる時はあるんですけど、そう思った時には必ず打撃が下降線をたどるので、それを戒めとしていました(笑)。それでも、外角球が来たら逆方向へ速くて強い打球を飛ばすバットの出し方をすれば、インサイド寄りの甘い球はライトの頭上を越えるということを感じながら練習はしていました。自らは望まない、ということです」

 昨秋、初めて臨時コーチとしてパドレスの練習に参加した時、「ドリルやルーティンが全て振り上げのスイングばかりだったんですよ」と驚きを隠さない。置きティーを使った練習でも、高さは膝より下のストライクゾーンから外れた位置に設定し、しきりにバットを振り上げていたという。昨年メジャーでは合計6105本塁打が生まれ、史上最多記録を更新した。誰もが一発で得点が入るホームランを目指しがちだが、そこに三振が多くて打率や得点が低い、チームとしての打撃の問題を見た。

「ホームラン打者が増えたわけじゃない。そこを考えてみても…」

「やはりメジャーではホームランが花だし、注目されますが、40本、50本と打つ人数が増えたとは思いません。1桁が2桁になったとか、10本台が20本になったとか、そういう全体的なホームラン数が増えたのであって、いわゆるホームラン打者が増えたわけじゃない。そこを考えてみてもいいんじゃないかな、と思うんですよ。

 それだったら、的確なコンタクトを目指す打撃を目指す方が、打率は上がり、三振が少なくなり、最終的には同じくらいのホームランが出ると、僕は思います。この春にメジャーキャンプに入っている選手の練習を見ても、メジャーで数多く打席を積んでいる人の方が、結構レベルスイングに近い動きをしていましたね」

 パドレスは、今季から打撃コーチとして元中日のマット・ステアーズを招聘した。ステアーズとも打撃論を交わした新井氏は「すごく正しいことを言っていると思いますね」という。

「彼の言っていることはオーソドックスでシンプルです。まずは出塁して走者を返していこうという考え。選手の中には、パワーを見せつけるのが打撃だと思っている人もいます。パドレスに限らずメジャーやマイナーの打者は、バットを構えた時から力一杯握りしめて、ボールが来たら『よしっ!』と振り出しから力を入れすぎていることがかなり多い。そういう打者に、ステアーズは『リラックスして構えながら、ボールがバットに当たる少し前からグッと入れるのがパワーだよ』と教えていました」

 この春は約2週間という短い滞在期間。「来させてもらったのに、それなりの仕事ができたか分からないんですけど」と謙遜するが、新井氏がパドレスのキャンプで指導したことは、打撃で悩む若手選手たちに新たな方向性を与えたに違いない。

(Full-Count編集部)

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