いま、2世として カネミ油症50年・下 未来へ  語り合うこと 第一歩に

 「カネミ油症が社会から忘れ去られようとしている」-。油症2世の下田恵(28)=諫早市=は2010年以降、母順子(56)と大学や高校の講座などに出て、油症が終わっていないことを匿名で少しずつ語るようになった。

 母は09年に実名公表し、被害者救済運動の前面に立つようになっていた。だが、恵が名前を公表しようとすると「差別に遭わせたくない」として猛反対。偏見が怖くないわけではなかったが、「名前や顔を出して堂々と語ったほうが、ちゃんと伝えられる」。13年、新聞やテレビの特集番組で実名での報道を了承した。

 高校時代の友人にも油症のことを打ち明けた。「話してくれてうれしい」「食の安全に気を付けるようになった」と言ってくれた。職場の同僚も「きつければ無理しないで」と気遣ってくれる。伝え、変化が起きたことに希望が湧いた。隠していても何も変わらない。

 50年間、油症問題を世に問い続けてきたのは親や祖父母世代の1世。救済へ一進一退を繰り返しながら歩んできたが、有害化学物質による間接被害を受けた可能性がある2、3世を支援する施策は手付かずだ。

 12年成立の救済法で、発生当時認定患者と暮らし汚染油を食べた家族を患者とみなす「同居家族認定」でも、汚染油の経口摂取をしていない2世は対象外。油症認定されるには年1回の油症検診を受け、ダイオキシン類などの血中濃度が基準値を超えなければならない。

 油症発覚時、約1万4千人が被害を届けたとされるが、子や孫が現在何人いるのかさえ分からない。親から油症のことを知らされないまま大人になった子孫も少なくないだろう。

 いま何をすべきか。答えは見つかっていないが、被害者救済を求める活動を担う必要性は感じている。「何かが変わるきっかけがほしい」。表舞台に立つことがない次世代被害者は何を悩み、どう生きていきたいのか。鍵は、まず互いに情報を共有し、語り合うことではないだろうか。そんな場をつくることが、未来へつながる第一歩だと恵は思っている。 =文中敬称略=

「何かが変わるきっかけを」。恵さんと母順子さんの模索は続く