金属行人(3月7日付)

 東京・亀戸の地でシャーリング1台から身を興し、後に厚中板の複合一貫加工で業容を広げ、今や浦安鉄鋼団地で押しも押されもせぬ存在感を発揮する松田商工の創業者、松田秀夫氏が天寿を全うし、88年の生涯を静かに閉じた▼現役時代、その姿勢は勤勉実直にして商売熱心。何より「稼ぐ」ことに真剣であり貪欲だった▼いち早く「加工」に着眼。しかも一次加工にとどまらず下工程を深掘りし、開先や穴あけ、折り曲げ、ロールから溶接・組み立てにも挑戦し、今の「一気通貫」スタイルの源流を創り上げた▼後継を次世代に託してからは一切の舵取りを任せたが、ただ一つ「何事も自己資本で賄うこと」を条件に課した。立ち上げの苦労を肌身で知るからこそ資本の充実を優先し、堅実経営に徹した故人の信条が表れている▼10年前。最愛の妻フミさんに先立たれてからは気力の糸がフッと切れたのか、会社に顔を出すことはなくなったが、その分、長年の〝戦友〟である亀戸鉄商と酒を酌み交わしながら昔話に花を咲かせるひとときを晩年の楽しみにしていた▼遺族いわく「最期は悔いなく安らかに息を引きとりました」。業界に確たる足跡を残した偉人がまた一人逝ったのは寂しいが、その魂は永遠に消えることはない。

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