「ストリートチルドレンが友人の財布を盗んで走り去る時、ものすごくキラキラした笑顔をしていた。彼らにとってはそれが犯罪かどうかよりも、自分の母親を喜ばせてあげることが重要なのだと気付いた」――。フィリピン・セブ島のスラム街の子どもたちに、音楽を通じてライフスキル教育を提供するNPOがあります。立ち上げたのは、田中宏明さん(37)。スラムで育った子どもたちと向き合うことは、苦労の連続だったと振り返りますが、「成功体験が子どもを変えた」と話します。(JAMMIN=山本 めぐみ)
「フィリピン・セブ島」と聞くと、リゾートをイメージする方が多いのではないでしょうか?近年は欧米より安い語学留学地としても知られ、日本からも多くの人が訪れていますが、リゾートや語学留学といった華やかな面がある一方で、隣接するスラム街では今日食べていくのがやっと、という生活をしている人たちがいるのも事実です。
■ストリートチルドレンの子どもを集めて「楽団」を結成
NPO法人「セブンスピリット」は、フィリピン・セブ島を拠点に、子どもたちから成るオーケストラの楽団を作り、音楽を通じて子どもたちのライフスキル教育を行うNPOです。
「楽器を練習することで少しずつ上達するのはもちろん、周りの人と協力したりコミュニケーションをとったりしながら力を合わせて何か一つのことを成し遂げる体験は、子どもたちにとっても大きな糧になる」
そう話すのは、セブンスピリット代表の田中宏明(たなか・ひろあき)さん(37)。2011年に活動を開始した当初は、団員を集めるために路上のストリートチルドレンに声をかけて回りましたが、最初は苦労の連続だったといいます。
「子どもたちはずっと同じ場所に座っていることも大人の話を聞くこともできず、途中で帰ってしまったり喧嘩やトラブルが絶えなかったり、収拾がつかない状況だった。親御さんの理解を得るのも一苦労だったが、今では音楽隊としての認知度が上がり、各地で演奏に呼ばれるようになり、親御さんたちからも『子どもが外出していると何をしているかわからないので不安だが、セブンスピリットにいると、音楽の練習をしているということがわかって安心できる』と話してくれるようになった」
■空腹を紛らわせるため、ドラッグに…
「悪い仲間とつるむようになると、学校に通わなくなる。また『学校に行くぐらいなら、働いてお金を稼いで来い』という家庭もある」
セブ島のスラム街の環境について、子どもと犯罪、特にドラッグとの距離が近いという危険な現状を田中さんは指摘します。
「いつもお腹を空かせている子どもがいる中で、ここではパンを一つ買うのと、シンナーを1回吸うのが同じ値段。シンナーは、吸うと2、3日は空腹を感じない。パンを一つ買って空腹を満たしても、2〜3時間後にまたお腹が空いてしまうが、シンナーを吸えば、より長期間空腹を感じずに済む。空腹を紛らわすために、周囲かに勧められて、なんとなくドラッグに手を出してしまう子どもがいるのが事実」
■「良いことで、子どもを笑顔に」
「犯罪やドラッグに手を染め学校に通わなくなると、教育の土台がないために安定した仕事に就くことは難しく、貧困は連鎖してしまう。それでは、何も変わらない。何かやりがいをもって日々を生きることで、意識が変わることがある。子どもたちが情熱を注げる場所や機会を創り出すことができれば」
そう話す田中さん。音楽を通じて子どもたちの置かれた環境を変えていきたいと思ったのには、過去のある経験がありました。
「旅行で訪れたベトナムで、ストリートチルドレンの子どもたちが友人の財布を盗んだ。走り去る時、ものすごくキラキラした笑顔をしていた。『犯罪を犯しているのに、どうしてあんな笑顔ができるんだろう』と思った。それで気づいたのは、彼らにとってはそれが犯罪かどうかよりも、苦しい生活の中でお金を手に入れて、自分の母親を喜ばせてあげることの方が重要だということ。『あんなキラキラした笑顔を見せるんだったら、悪いことではなく、良いことをして笑顔が出せたらいいのに』と思ったのが、この活動を始めた一つのきっかけ」
■「成功体験」が、子どもたちを変えていく
「音楽は、教育やワクチンとは異なりすぐにわかりやすい結果が出るものではないし、実際に見てみないとピンとこないものかもしれない。でも、練習をすればそれだけ上手になるし、一生懸命打ち込むことで得られるものはとても大きい。音楽を通じて変っていく子どもの姿を、日々目の当たりにしている」と田中さんは言います。
セブンスピリットの音楽のレッスンは、休みの日を除いて毎日開催されます。通うにあたってレッスン料は無料ですが、子どもたちには唯一、「学校にきちんと通うこと」という条件を課しています。
「楽器を演奏したいばっかりに、頑張って学校に通う子どももいるぐらい(笑)。楽器を練習しながら少しずつ上達したり、周囲の人に褒められたり…。練習の積み重ねが自信となって、子どもたちの意識が少しずつ変化していく。スラムに生き、これまで『がんばったことが報われる』という成功体験を経験しなかった子どもたちが、音楽を通じて成功体験を積み、未来へと希望を抱いたり、周囲へ気遣いができるようになっていく」
最近では、楽団の演奏のクオリティーが高く評価され、各地に呼ばれて演奏することも増えてきました。人前で演奏することが、子どもたちの自信にもつながっていると田中さん。
今後は活動の幅をもっと広げ、将来的にはフィリピンの子どもたちの進路や就職に繋がっていくような支援を展開していきたいと語ります。