【この人にこのテーマ】〈溶融亜鉛めっき鉄筋「設計施工指針」の改訂〉《土木学会・改訂小委員会委員長、武若耕司氏(鹿児島大学学術研究院教授)》「性能照査型」ライフサイクルに主眼

 土木分野での溶融亜鉛めっき鉄筋のさらなる有効活用に向けて、土木学会では「亜鉛めっき鉄筋を用いる鉄筋コンクリートの設計施工指針(案)」を改訂する。2015年12月に「亜鉛めっき鉄筋指針改訂小委員会」を立ち上げ、1980年の策定以来となる新たな指針づくりを進めるに至った。武若耕司委員長(鹿児島大学学術研究院教授)に防食補強材の検討をめぐる歴史を踏まえ、今回の取り組みの経緯や意義を聞いた。(中野 裕介)

――改訂対象の施工指針は、策定から40年近くが経つ。

 「溶融亜鉛めっき鉄筋は、鉄の防食方法としては古い部類に入る。海洋構造物や海砂を使用する構造物などのコンクリート構造物で発生する内部鉄筋の腐食問題、いわゆる塩害については、コンクリートのみでの防食効果についての定量的な評価が難しく、電気防食や非腐食性の補強材、塗装鉄筋といった鉄筋自体を直接的に防食する方法が検討されてきた。このうち塗装鉄筋は直接鉄筋を被覆するため、コンクリートに鉄筋を埋め込んだ後に特段の処理が要らず、利便性に優れている」

――防食補強材としての溶融亜鉛めっき鉄筋の位置づけは。

 「土木学会で防食補強材として最初に検討したのが溶融亜鉛めっき鉄筋であり、エポキシ樹脂塗装鉄筋などに先駆けて1977年制定の『海洋コンクリート構造物の設計施工指針(案)』で、すでに溶融亜鉛めっき鉄筋の開発と利用に言及している。2年後の79年に建築学会、80年には土木学会で『溶融亜鉛めっき鉄筋を用いた鉄筋コンクリート造の設計施工指針(案)』がそれぞれ制定され、コンクリート標準示方書中にも、この指針を引用した溶融亜鉛めっき鉄筋に関する解説が記載されるに至った」

――その後は。

 「83年になると日本コンクリート工学協会(当時)が『海洋コンクリート構造物の防食指針(案)』を制定したが、その際に溶融亜鉛めっき鉄筋とエポキシ樹脂塗装鉄筋を併記する形で、それぞれの有効利用について触れている。86年の『コンクリート標準示方書』にも、亜鉛めっき鉄筋とともにエポキシ樹脂塗装鉄筋の使用が明文化される一方で、91年に改訂された『防食指針(案)』では『溶融亜鉛めっき鉄筋』が削除され、『エポキシ樹脂鉄筋』のみが掲載されるに至った」

――溶融亜鉛めっき鉄筋からエポキシ樹脂塗装鉄筋に議論の中心が移った。

 「溶融亜鉛めっき鉄筋には、亜鉛の皮膜が、コンクリート中のようなアルカリ性の環境で時間の経過とともに消耗していくことに対する懸念が生じ、絶対的な防食法にはなり得ないのではないかとの議論があったことによる。当時は塩害問題が顕在化した時期でもあり、指針の策定を通じていろいろな材料を検討していく過程で、結局は、コンクリート中で消耗することのないエポキシ樹脂を塗装した鉄筋が主流となっていった。これが、先に申し上げた91年に改訂された『海洋コンクリート構造物の防食指針(案)』でエポキシ樹脂鉄筋のみの記載となった理由でもある」

――その後は92年に連続繊維補強材(FRPロッド)がコンクリート構造物に適用されるなど、鉄筋の防食方法をめぐる動きは変遷の一途をたどった。

 「確かにこの時期FRPロッドの開発と応用についての検討も進められたが、コストや取り扱い上の問題などもあり、その後の検討過程で、結局は鋼材を補強材として用いることの基本は変わらなかった。その一方でこの頃から、構造物の各種の性能を直接定量的に評価する、いわゆる『耐久性照査型設計』という考え方が出てきたことが、構造物の耐久性評価の概念に一石を投じることになった」

 「この耐久性照査の中では、いずれの鉄筋もその防食性について、より定量的に評価を行うことが前提となる。端的にいえば、例えば塗装鉄筋のような場合、塗装膜によって何年間鉄筋の腐食を守れるのかということを定量的に評価する必要が出てくる。そのため、例えば土木学会で2003年に改訂された『エポキシ樹脂塗装鉄筋を用いる鉄筋コンクリートの設計施工指針』では、この考え方に基づいて、塗装鉄筋に施されている塗膜の塩化物透過性を照査の対象とすることで、この鉄筋を用いた構造物の寿命を予測することを示している。その結果、07年に改訂されたコンクリート標準示方書(設計編)の中では『耐久性に関する照査』が可能な防食補強材としては、エポキシ樹脂塗装鉄筋のみが対象として挙げられた」

 「一方、亜鉛めっき鉄筋が対象とならなかった背景には、鉄を腐食から守る皮膜、すなわち亜鉛めっき層がコンクリート中で消耗していく可能性があることから、経年的な皮膜の状態を定量的に評価できない限りは、『亜鉛めっき鉄筋の耐久性を担保できない』との考えが底流にあったことによる」

防食補強材の選択の幅広がる

――08年には鉄筋コンクリート用ステンレス異形棒鋼がJIS(日本工業規格)の製品となり、土木学会も設計施工指針(案)をつくった。

 「2012年に改訂された示方書(施工編)には、エポキシ樹脂塗装鉄筋とステンレス鉄筋が防食鉄筋として記述された。ステンレス鉄筋は、確かに防食効果に優れているが、コストが高いので、なかなか広まらなかった。またこのほかに2010年には、内部充てん型エポキシ樹脂被覆PCより線をはじめ、エポキシ樹脂を用いて防食性を高めた高機能PC鋼材を使用するプレストレスコンクリート設計施工指針(案)も取りまとめられた」

 「このような『性能照査型』の設計にトレンドが変わり、既往の研究を通じた問題に対する認識を踏まえ、溶融亜鉛めっき鉄筋を防食鉄筋の一つとしてより定量的にその防食性能を捉えていくことに道筋が付き始めた」

――具体的には。

 「亜鉛めっき鉄筋を用いたコンクリート構造物の耐久性について、そのライフサイクルを考慮した『性能照査型』の設計をどのように考えるのかに主眼を移つし、亜鉛めっきの耐食性とその継続時間などの事象を定量的に捉えるとともに、他の防食鉄筋などと比較して、いかに構造物のライフサイクルコストを最小にすることができるのかを考えていくことが、研究の背景としてある」

 「先に申し上げたように、溶融亜鉛めっき鉄筋では、コンクリートの中でめっき厚が減少する状況があるが、その減少によって鉄筋が腐食し始めるまでの時間が構造物の設計供用期間より長ければ有効な防食工法と見なせる。一方で、溶融亜鉛めっき鉄筋は曲げ加工に対する追従性があり、鉄自体との密着性も優れ、さらには施工中に傷ついても犠牲防食効果でカバーできるなど、エポキシ樹脂塗装鉄筋にはない利点を持っている。従ってコンクリート構造物の塩害対策に有効な防食鉄筋として他の素材と同じ土俵に乗せられれば、ユーザーが選択する防食材料の幅は明らかに広がる」

 「ただしそのためには、構造物の設置環境条件などを考慮したコンクリート中での亜鉛めっきの腐食速度を推定し、めっき膜の耐用年数を定量化することが、まずは必要となる。めっきの損傷を最小限に抑えるべき曲げ加工性や衝撃抵抗性などに関する検討も必要となってくる。これらの検討を適切に実施するために、関連する情報を提供していくことが、指針改訂委員会の役割と認識している」

――指針の改訂で溶融亜鉛めっき鉄筋に対する市場の受け止めも変わるのでは。

 「他の防食鉄筋と同じ土俵に上がれば、最終的な採用の是非はユーザーの判断に委ねられることになる。経済性や安全性をはじめその判断基準はユーザーによってさまざまであろうと思う」

 「我々はそれぞれの防食鉄筋のメリットとデメリットをできるだけ定量的に明確にし、ユーザーには両者を踏まえた上でいずれの防食鉄筋を採用するのが良いかを適材適所で考えてもらう。いかにメリットを伸ばし、デメリットを改善していくのか。そこから先はそれぞれの業界の自助努力に委ねられるものと考える」

――今後は。

 「指針の改訂作業は、最後の取りまとめの段階に入ってきており、今年夏にも脱稿できるよう作業を進めている。またその後に開催する講習会では、改訂の方針やその内容についての説明とともに、改訂作業と並行して実施した暴露実験結果をはじめ科学的見地から得られた新たな知見や情報などについても、できる限り示していく予定である」

亜鉛めっき鉄筋指針改訂小委員会/4つのワーキンググループで構成

 亜鉛めっき鉄筋指針改訂小委員会は、日本溶融亜鉛鍍金協会の委託を受けて活動する。土木学会コンクリート委員会にあり、これまでの研究の蓄積に基づく最新の技術情報を取り入れ、「亜鉛めっき鉄筋に用いる鉄筋コンクリートの設計施工指針(案)」の改訂作業に当たる。

 小委員会は総勢45人で構成する。▽基本性能(主査・宮里心一氏/金沢工大)▽試験方法・規格調査(同・山口明伸氏/鹿児島大)▽事例調査分析(同・山本貴士氏/京都大)▽指針作成(同・佐藤靖彦氏/北海道大)の4つのワーキンググループ(WG)を設置している。

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