【片言隻句】「智に働けば角が立つ」

 「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る」

 夏目漱石の名作『草枕』の冒頭。この心境はまさに、日本の製造業の心境と言えるのかもしれない。

 国家的なプロジェクトを実現するのは有意義だが、戦略的すぎると様々な「角」が立つ。納期対応とコスト低減を優先させようと躍起になると、品質など別の課題が出てくる。何とも難しい。

 自動車産業でも「未来への挑戦」が始まっている。自動運転、マルチメディアとの連携、電動化(EV、FCV、PHV)、軽量化、衝突安全性などの追求が今後ますます開発の主軸になる。

 特に「電動化」は間近に迫った未来への挑戦。「ドライバビリティ」の意味も変わり、ものづくりそのものも大きく変わる。

 寝る間も惜しんで研究開発に心血を注ぐ方々から見れば「変わる」と簡単に言い切られることには強い抵抗もあるはずだ。

 一方、諸コストは上昇している。人件費、物流費、素材調達費…。管理費などの間接コストもかなり大きくなった。それは全産業分野に共通している。日本でのものづくりが「どうも心地悪い」と感じられてくる。

 そこで、需要増が期待できる海外での現地生産、現地調達を巻き直す考えになってくる。「安いところへ引き越そう」というわけだ。保護貿易の風潮も強まってきた。まさに今、そんな話が再考され始めている。

 将来「どこへ引き越しても住みにくい」と実感したとき、どんな芸術作品ができるのだろうか。

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