「僕らがどれだけ彼から力をもらったか」― 今も広島に息づく黒田博樹の流儀

MLBから復帰後も広島へ大きな影響を与えた黒田博樹【写真:編集部】

広島・石井トレーナー部長に聞く、黒田博樹氏が残した足跡

 広島は昨シーズン、セ・リーグ2連覇を果たしながら、クライマックスシリーズ・ファイナルステージでDeNAに競り負け、日本シリーズ進出を逃した。今季、球団史上初のリーグ3連覇に挑み、悲願の日本一を視野に入れる赤ヘル軍団。そのチームには、2016年限りで現役を引退した右腕・黒田博樹投手の流儀が今もなお息づいている。

「僕らがどれだけ彼から力をもらったか。どんな選手よりも、今までいろいろな競技の選手を見てきましたが、僕のなかではナンバーワンの存在です。すごい選手でした。年下ですけど、あれくらい格好いい男はいないですね。格好良過ぎですね。彼がいなかったら、チームも2連覇は出来ていなかったと思います。低迷していたかもしれません」

 こう語るのは広島の石井雅也トレーナー部長だ。 黒田氏は1997年から2007年まで広島で活躍し、その後、FA権を行使してメジャーリーグに挑戦。08年から11年までドジャース、12年から14年までヤンキースで活躍した。その後、15年に広島に復帰し、16年シーズンにチームを優勝に導くと現役を引退した。

 NPBでは通算13年で124勝105敗で防御率3.55、MLBでは通算7年間で、79勝79敗。防御率3.45。野茂英雄氏に続き日本人2人目の日米通算200勝という金字塔を打ち立てた。そんな右腕はメジャーからNPB復帰後の15年シーズンにチームを変貌させたという。

広島・石井雅也ヘッドトレーナー【写真:小林靖】

チームに根付く意識

「チームの雰囲気が大きく変わりましたね。彼がいるだけで違いました。日々野球に取り組む姿勢であるとか、試合に挑む姿が言葉では無く感じられるものがありました。多くのチームメイトはあれだけの選手にはなかなか巡り会えない。2年間一緒の時を過ごせたのは財産だと思っています」

 ヤンキースからFAとなった際はパドレスから年俸1800万ドル(当時のレートで約21億7000万円)のオファーがあったとの現地報道もあった。そんな好条件を断り、広島に復帰した黒田氏は若手の教育係を務めた。メジャー79勝という実績を誇りながらも、自分の意見を押し付けるような態度は取らなかった。苦しんだ時に、言葉をかけた。黒田氏はアドバイスのタイミングを常に見計らっていたという。

 言葉だけではない。背中でチームを引っ張った。「彼は誰よりも早く球場に来ていました。12時くらいには、彼はトレーニングルームでウォームアップしていました。ストレッチやアスレティックリハビリテーションに黙々と取り組んでいました。それは自分のためという部分と、準備がいかに大事かというのを周りに伝えたかった様に思います」。

 チーム最年長でありながら、どんな若手選手よりも球場に先乗りしていた右腕。行動で示すことで後輩たちを引っ張り、自身も40代で2年連続2桁勝利というNPB史上3人目の偉業を達成した。そして最終的にチームを25年ぶりのリーグ優勝に導いて引退。まさにレジェンドという言葉がふさわしい存在だ。

2006年のエピソード、「誰もが驚きました」

 そんな黒田氏は「男気」という言葉も話題となったが、メジャー挑戦する前の2006年には右腕の人柄を象徴するような試合があったと石井氏は振り返る。

「肘の手術前で、そのシーズンラスト1試合でフリーエージェントで移籍するかしないかという試合があった。『手術前に投げなくていい』という意見はあったのですが、本人は『投げる』と言い切りました。試合に登板する事は大きなリスクもありました。それでも彼は『僕はこの1試合で野球人生が終わってもいいんです。僕が投げることで1人でも何かを感じる人がいたら、それでいいんです』と話していました。

 誰もが驚きましたが、彼は引退するまでずっと同じ姿勢を貫いていたように思います。自分のためじゃなくて誰かのため。見に来てくれる人のための何かを伝えたい。彼が投げるとイキイキする人たちもいるじゃないですか。そのために投げるという彼の哲学はブレなかったですね」

 右腕は2006年シーズン終了時に右肘のクリーニング手術を実施。FA権を取得したが、結果的に行使せずに広島残留を決め、メジャー移籍も翌シーズンオフに持ち越しとなった。その年の最終戦。黒田氏は右肘負傷からの復帰マウンドに上がり、プロ初セーブを挙げていたが、その裏にはファンに対する熱い思いが込められていた。

「メジャーで実績を残して、広島に帰ってきても、周囲に対する接し方、全く変わっていませんでした。アウトプットする内容は当然変わりましたが、1年目、メジャーに移籍した時、帰ってきた時、すべて同じ姿勢でした。自分はもちろん、みんな最初は緊張していましたが、彼の人柄というか器の大きさなのか、いつのまにか黒田の話に聞き入っていましたね。色々な選手を見てきましたけど、彼はナンバーワンです」

 石井氏はそう語る。

 選手、スタッフが引退後も敬意を払い続ける黒田氏。 身を持って示し続けた男気溢れるプロ意識は広島の選手に継承されている。

(Full-Count編集部)

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