金属行人(3月26日付)

 ある鉄鋼メーカーの工場で技能職の新人が大ぶりのハンマーを振った際に軽くしくじりそうになった。それ自体は大層な話ではないのだが、見ていた現場のベテラン指導員は「ひょっとして」と考えた。後日、勤続10年未満の技能職を集めてみたら、見事にハンマーを振れたのは一握りだったそうだ▼工場では技能職の養成に長年の実績があり、訓練所で初歩を教えてから現場で重量・高温物を扱う経験を積ませる。この積み重ねがあっただけに、「こんな基本ができていなかったとは」と指導員は心底驚いたらしい▼今どきの若者がだらしないという話ではない。ものづくりへの共感を持って工場に入ってきた若者たちだ。製造現場への思いも強いし、やる気もある。よその若者に比べれば適性に富む人たちであり、個々には相当のレベルに達している人も少なからずいる。ただ「男の子ならナイフや大工道具に慣れていて当然」という時代背景の下で子供時代を過ごしていない。育った環境の違いは案外侮れない▼事は安全に直結する。「今までの常識にとらわれて『やれて当たり前』と思い込まない」と指導員は自戒したそうだ。世代交代期の心得として製造現場以外でも通じそうな話ではある。

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