終末期の支援/大輔 福永

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「ドーン!」建物内に雷が落ちたような音が響いた。現在は夜中の二時だ。皆が寝静まっている。建物内も静まり返っていた。しかし…

 

 

「Aさんの部屋から」

 

 

突然、雷鳴が轟いたような音がしたのだ。そして、別のホールで夜勤業務を行っていた職員の「怒号」が施設に反響する…

 

 

「Aさんが転倒したぞ!」

 

 

私は別のユニットで介護職員として夜勤の業務を行っていた。そう…ここは「介護施設」なのだ。定員は全員で20名前後だ。そして2ユニットに別れている。利用者は主に…

 

 

「認知症」

 

 

の人が利用している。20名前後が集団で生活をしているのだ。私は、自分の仕事を片付けた後、急いでAさんの居室にむかっていた。居室に到着すると職員が複数集まっていた。そしてAさんの…

 

 

「頭から出血」

 

 

をしているのを発見した。そして、血が頭部から流れていた。Aさんは出血をしたために、血の気が引いており顔の色が…

 

 

「青くなっていた…」

 

 

そして、職員の1人がパニックになりながら、叫んだ。…

 

 

「医務室から応急セットをもってこい!」

 

 

若い職員が血相を変えながら、医務室に走っていった。そして、私はホールにある緊急コールを提携先の医療機関にかけた。動揺しているために、言葉がうまく出てこない…

 

 

「あの…利用者のAさんが転倒して…頭から出血しています。指示をお願いします。」

 

 

私は、医師にAさんの状態を伝えた。そして、血圧などのバイタルサインも伝えた。

電話口で医師の眠たそうな声が聞こえる…

 

 

「…はい。わかりました。それでは、今から診察するので、来院してください…」

 

 

さっきまで安眠していたのだろう。眠たそうな声だった。少し気まずい気持ちになった。しかし、そのようなことは、言っていられない。私は受話器を置いた。そして…

 

 

「別の職員」

 

 

がAさんを病院に連れて行った。気がつくと、朝の4時だった。現在は冬なので、冷え込む。疲れと緊張で…

 

 

「頭が朦朧」

 

 

とする。目がやたらと渇く。喉も乾燥していた。夜勤の時間は早い。グズグズしていると、早番が来てしまう。…

 

「早く、終わらせないと…」

 

 

私は1人、呟いた。集まっていた他のユニットの職員も時計をみると、皆、慌ただしく、持ち場に帰っていった…

 

 

「介護施設」

 

 

では、予想外の事態が発生する。特に転倒事故は多い。転倒事故は、高齢者にとって致命的となる場合がある。なぜなら転倒事故をきっかけに…

 

 

「寝たきり」

 

 

になることもあるからだ。例えば、転倒をすることによって、大腿骨の頸部を骨折することがある。つまり…

 

 

「足の付根周囲」

 

 

が折れることがある。足の付根の周囲が折れてしまったら、当然ながら、歩行が困難となる。その結果…

 

 

「寝たきり状態」

 

 

になることがあるのだ。だから介護職員は利用者の人が転倒しないように、細心の注意を払う。そのような事情があるために、私はAさんのことが…

 

 

「気がかり」

 

 

だった。そして、その後は何事もなく、夜勤を無事に終えることができた。しかし、Aさんは、骨折の疑いがある。ということを早朝の申し送りで知った。そして、帰り際…

 

 

「駐車場」

 

 

で同僚と世間話をした。そして、昨夜のAさんの話になった。同僚の山田は同期入社だ。お互い、30歳前後で未経験から介護業界に入職した。お互い、…

 

 

「苦労」

 

 

を分かち合った仲だ。私は山田を信頼していた。しかし、お互い、最初は業務を覚えることに必死だった。同期で入職した人は全員で7名いた。しかし、殆どが…

 

 

「仕事に耐えきれずに」

 

 

3ヶ月か、半年で退職をしていった。初日に退職した人もいた。そのような職場環境で私と山田はお互い励ましながら頑張っていた。もうすぐ入社して…

 

 

「3年」

 

 

が経過しようとしていた。お互い夜勤明けで無精髭がボウボウに生えていた。そして、目は落ち窪んでいた。山田は疲れた表情でタバコに火をつけながら重そうに口を開いた…

 

 

「Aさん。大丈夫かな…」

 

 

確かに、Aさんのことは気がかりだった。Aさんは80歳の女性だ。小柄な体型だった。中程度の認知症を有している。昨夜の転倒も夜中に…

 

 

「幻覚」

 

 

が見えたことが原因だったらしい。眼の前に「子供」が立っていたそうだ。そして、子供におやつをプレゼントしようとして…

 

 

「転倒」

 

 

したらしい。朝の申し送りではAさんは「骨折の疑いがある」ということだった。Aさんは中程度の認知症があるが、愛嬌のある性格で利用者や職員から…

 

 

「愛されていた…」

 

 

私も嫌な予感がしていた。そして、山田に返答した…

 

 

「多分…大丈夫だろう」

 

 

「ああ、そうだな。俺、疲れたから、パチンコに行ってから帰るわ。じゃあな」

 

 

山田は、そのように言って、車に乗り込んだ。山田は大型のセダンを改造していた。セダンは大きなマフラーの音をさせながら…

 

 

「駐車場」

 

 

を出ていった。私も家に帰った。そして、お風呂に入った後に、眠りについた。時計を見ると、お昼の12時だ。外は明るい。ベッドで横になると昨夜の出来事が…

 

 

「夢のように」

 

 

思えた。私はいつしか、夢の世界に落ちていった…

 

 

私は夢を見ていた。遠く宇宙を旅する夢だった。そして、最後はいつも同じ場面で終わる。その時も、その場面で目が覚めた。気がつくと…

 

 

「夕方だった…」

 

夜勤明けは、いつもとまどう。夕方と早朝を混同するからだ。私は夜勤明けが楽しみだった。

なぜなら、夜勤明けで買い物に行くことは、当時の私の最大の楽しみだったからだ。非日常的な…

 

 

「介護施設」

 

 

という環境から、日常的な空間であるショッピングモールで本を購入することが好きだった。その日も私は夕食を済ませた後に近所のショッピングモールに…

 

 

「車を走らせた」

 

 

そして、読書を楽しんだ。翌日は公休日だ。ゆっくりと楽しもう。私は、そのように考えていた。その時の私は現在、Aさんが…

 

 

「大変な状態」

 

 

にある。ことなど、知る由もなかったのだ…

 

 

その日は、朝から天気が悪かった。今にも雨が降りそうだった。通勤途中で原付バイクとトラックが…

 

 

「衝突」

 

 

しているのを目撃した。原付きの運転手は現場にいない。おそらく医療機関に搬送されたのだろう。周辺の道路は封鎖されていた。そして、…

 

 

「警察官」

 

 

が殺気立った様子で交通整理をしていた。私は、その様子を見て、背中に「冷たい感触」がするのを感じた。施設に到着すると平常よりも…

 

「慌ただしかった」

 

私は日勤帯なので、9時出勤だ。日勤帯は比較的、穏やかな雰囲気であることが多い。しかし、その日は違っていた。下駄箱で靴を履き替えた。そして、ロッカーで…

 

「着替えを済ませた」

 

制服に着替えて持ち場に出勤した。皆、慌ただしく業務を行っている。「只事ではないな…」私は嫌な予感がした。山田も忙しく走り回っていた。そして、私を見つけると、話しかけてきた…

 

「おい、知ってるか。Aさん。昼頃に退院するらしいぞ。大腿骨の頸部が折れているから、車椅子らしいぞ」

 

私は事務所で申し送りノートを見ていたので、Aさんの様子を把握していた。

 

「そうらしいな。事務所のノートでみたよ。しばらく車椅子だな…」

 

山田は深刻そうな表情で返答した。

 

「…じつは、Aさんの様態が悪化してるらしいんだよ。さっき、病院から連絡があってな…もう、しばらく入院するらしいぞ」

 

私の背中に悪寒が走った。転倒をきっかけに入院をして状態が悪化する高齢者は多い、長期間の臥床。体に負担がかかる出術等により体力が…

 

「著しく低下」

 

するのだ。私は山田に尋ねた…

 

「…いつ頃、退院するんだ?」

 

山田は深刻そうな表情で答えた。

 

「まだ、未定らしい。病院からの連絡じゃあ、SPO2の値が70%らしいぞ…」

 

私は山田の言葉にショックを受けた。SPO2とは「酸素血中飽和度」と言われる値だ。つまり、血液中の…

 

「酸素濃度」

 

の数値となる。通常であればSPO2の数値は「100%前後」が通常だ。したがって、SPO 2の数値が70%というのは、…

 

「危機的な状況である」

 

ということだ。山田はAさんの状況を更に詳しく話してくれた…

 

「Aさん…酸素吸入しているらしいぞ」

 

確かに、SPO2が低いと酸素吸入が必要だ。しかし、そこまでAさんの状態が悪化していたとは…

 

「予想外だった…」

 

山田は、なおも説明を続けた…

 

「もしかしたら、Aさん。看取り支援になるかもな…」

 

山田は悲痛な表情をしながら、私にボソッと呟いた。その時、主任が私を呼ぶ声がした…

 

「福永くん。Bさんが、浴室で転倒したんだ。手伝ってくれ」

 

私は主任の声を聞いて、急いで浴室に向かった。山田も別の職員に呼ばれていた。浴室に向かうと、Bさんが転倒して、頭部を…

 

「床にぶつけていた」

 

意識が朦朧としているようだった。私と主任は慎重にBさんを椅子に移乗させた。そうこうするうちに時間は…

 

「矢のように」

 

過ぎ去っていった。夕方になると、日は薄暗くなってきた。介護施設の一日は早い。時間に追われる仕事の為に、時間が…

 

「あっ」

 

と言う間に過ぎていくのだ。入職して最初の一年間は辛いこともある。しかし、1年を超えると、だんだんと慣れてくるものだ。介護職のメリットは…

 

「休み」

 

の感覚が短い。ということだ。シフト制の為に、通常は2~3日、出勤をすると休日になる。そのために、休みが多いように…

 

「錯覚」

 

するのだ。そして、日勤帯や遅番で夕方が近づくと、皆の気持ちも緩んでくる。夕方になると、夜勤者が出勤してくる。職場にもよるが…

 

「楽しい」

 

こともあるのだ。介護職も職場によるが、基本的には残業は無い。労働基準監督署が厳しくチェックしているために…

 

「サービス残業が無い職場が多い」

 

しかし、職場により異なる。この日も9時出勤の18時退勤だった。帰り際に、本屋に立ち寄るつもりだった…

 

「待望の小説」

 

が発売するのだ。そして、18時になるとタイムカードを押して、引き継ぎの準備を行なう。気心の知れた夜勤者から、冗談っぽく…

 

「私は今から朝の9時まで働くのよ」

 

と声をかけられる。そして、私は笑顔で返事するのだ…

 

「お疲れ様」

 

そして、利用者さんにも挨拶をする。中には、冗談を言う人もいる…

 

「今から、彼女とデートにいくの?」

 

私も冗談を返す…

 

「…現在、募集中ですよ。」

 

「あなた、若いのに頑張らないとね」

 

「…あはは。又、あさって出勤ですよ」

 

「気をつけてね」

 

私は利用者さんと、冗談を言い合うのが、好きだった。そして、Aさんの顔が頭に浮かんだ。駐車場に行くと、山田が私を待っていた…

 

「今日も、無事に終わったな」

 

山田が缶コーヒーを投げて寄こした。

 

私は、缶コーヒーを受け取った。少し温かい。山田の風貌は田舎のヤンキーあがり。という感じだ。しかし、外見とは裏腹に高齢者に優しかった。そして、…

 

「信頼されていた」

 

私も山田のことを信頼していた。山田はAさんのことが気になっていたようだ。山田はマイルドセブンに火をつけて美味しそうにタバコをふかした…

 

「Aさん。大丈夫かな」

 

山田は心配そうにつぶやいた。Aさんは我々が入職した同じ時期に施設に入所していたのだ。施設に入所した時点では、認知症はそれほど…

 

「進行していなかった」

 

しかし、年月の経過と共に、認知症の症状も進行していたのだ…

 

 

しばらくすると、Aさんの退院の日が決定した。最近では、医療改革の影響で、病院に長期間入院することは、困難なのだ。ましてや施設に入所している場合はそうだ。施設では、Aさんの退院が決定した為に…

 

「退院準備」

 

をしていた。職員が慌ただしく業務を行っていた。病院からの申し送りでは、Aさんの状態は、芳しくない。ということだった。年齢的な問題もあるために、これ以上…

 

「治療」

 

を行なうことは、限界がある。ということだった。そして、家族の意向により、終末期は「介護施設」でお願いしたい。ということだった。Aさんは転倒前…

 

「自立歩行」

 

だった。一部介助が必要であるが、基本的には一人で移動することは可能だった。認知症を有していたために、トイレ介助や入浴介助は必要だった。しかし…

 

「歩行」

 

は独力で可能だったのだ。しかし、骨折により、自力歩行は不可能になっていた。したがって、車椅子が必要となる。介護ベッドも必要となる。そのために…

 

「福祉用具」

 

を導入する必要がある。介護ベッドを施設の部屋に運ぶためには、4人がかりで移動させなければならない。そして、…

 

「車椅子の点検」

 

も行う必要がある。空気圧の確認などが必要だ。もし、車椅子が故障していたら、移動する時に、横転する可能性がある。もし、そのような状態になったら…

 

「命に関わる」

為に、入念に点検を行う必要があるのだ。介護ベッドも不具合があったら、予想外の事故に繋がる恐れがある。以前、他の施設で聞いた話では、夜間に認知症の利用者が…

 

「ベッドから横転」

 

して、頭部を強打してしまったそうだ。そして、亡くなったらしい。状況によっては、警察にも報告する必要がある。だから、…

 

「安全を期する」

 

事が重要だ。私は、通常業務終了後、福祉用具の貸与に関する契約書を作成した。今日は遅番勤務だから、少し余裕があった。ちょうど、業務が終了して時間が余ったために…

 

「山田や他の職員」

 

と一緒にAさんの居室からベッドを入れ替える作業を行なうことにした。ベッドの移動は4人で作業をする。特に介護ベッドは機械ものであるために…

 

「デリケート」

 

なのだ。そして、モーターが装備されているために、一般のベッドよりも重くなる。4人がかりで、介護ベッドを入れ替えた後、山田が話しかけてきた…

 

「いよいよ、明日、Aさんの退院だな」

 

私は返答した。

 

「…そうだな」

 

山田は心配そうな表情でつぶやいた…

 

「看取り支援か…」

 

「…明日、Aさんの部屋に在宅酸素機が搬入されるらしいぞ。新しいタイプだから、明日、業者が来て、研修会があるらしい」

 

「そうか…」

 

山田はポツリとつぶやいた。私は山田に現状を伝えた…

 

「…治療の段階は終わった。これからは…終末期支援の段階だ」

 

山田は無言でうなずいた。

 

いよいよ、明日、Aさんが退院する。果たして、心身の状態はどのようになっているのだろうか?又、背中に冷たいものが走った…

 

 

翌日は、朝から雨だった。雨の日は、いつもよりも、渋滞が酷くなる。特に、橋の上は渋滞が酷い。通勤途中のドライバーも皆、いつもよりも…

 

「殺気立っている」

 

ように感じられる。皆、何かに急かされるように仕事に追われる。そして、年を重ねていく。日本人の9割は病院や介護施設で…

 

「最後を迎える」

 

という、データがある。人生の過程は多様だ。社会的に成功する人もいる。金銭的に裕福になる人もいる。しかし、最後は結局…

 

「同じなのだ」

 

なぜなら、病院や施設に入所すると、過去の栄光など「無に帰される」からだ。患者と利用者として扱われる。家族が時々、面会に来る。しかし…

 

「圧倒的に」

 

職員と接触している時間が長い。夜勤帯になると一日「16時間」接触している。食事介助。入浴介助、排泄支援など、人間としての…

 

「根幹」

に関する部分まで支援を行なう。そのために、御家族よりも、職員の方が、利用者さんのことについて、現状を…

 

「把握」

 

していることが多い。

 

職場に到着すると、Aさんの退院準備を行った。在宅酸素機を使用するために、医療機器の担当者から研修を受けた。最近の在宅酸素機は…

 

「便利」

 

になっている。酸素供給量の設定などもデジタル設定で行なうことができる。旧式のボンベタイプのように、交換する必要もない。基本的には…

 

「フィルターの交換」

 

のみで大丈夫だ。しかし、最新式の酸素吸入器では、地震などの災害時は不安がある。なぜなら、停電してしまうと…

 

「動作不能」

 

になってしまうからだ。したがって、旧式タイプも地震などの災害時のために、備えておく必要がある。そして、Aさんは…

 

「午後2時頃」

 

に病院から退院予定だ。私は施設長からAさんを病院に迎えに行くように、指示を受けた。退院時刻に間に合わないと、具合が悪い。…

 

「遅刻しないように」

 

急いで、送迎車両の準備をしなければならない。私は送迎車の運転が苦手だった。なぜなら、非常に…

 

「神経を使う」

からだ。送迎車は軽度者であれば、大型のワゴン車に普通に着席できる。しかし、重度者であれば、そのように行かない…送迎車は後部に…

 

「車椅子」

 

を固定できる設備がある。最新の福祉車両では、自動式のタイプもあるらしい。しかし、私が勤務していた施設では、旧式のために…

 

「車椅子」

 

を固定する方法が、少し複雑だった。そして、重たい利用者の場合は、運転時に車両がギシギシと音が鳴るのが…

 

「不安」

 

だった。私は14時前に病院に到着した。そして、Aさんを迎えに行くために、病院の自動ドアをくぐりぬけた…そして、受付の人に要件を告げた。…

 

「エレベーター」

 

でAさんが入院している4階まで移動する。そして、病室を順番に見て回る。そうすると、Aさんの名前が書いてあるネームプレートを発見した。いよいよ…

 

「Aさんと対面だ…」

 

Aさんは、どのような状態なのだろうか?手に汗が滲んできた…

 

私は、恐る恐る、Aさんが入院している病室のドアを明けた。Aさんは、個室に入院していた。奥の方にいくと御家族の方と…

 

「医師」

 

が私を待っていた。私はAさんの顔を見た。Aさんはスヤスヤと眠っていた。穏やかな表情で、眠っていた。私の想像よりも、思った以上に…

 

「元気そうな」

 

印象をうけた。御家族の方は、私の顔を見ると、ペコリと頭を下げた。御家族の方も、顔なじみだ。Aさんには、娘さんがいた。年齢は、50代前半だろうか…毎週…

 

「日曜日」

 

には、旦那さん、自分の子供と一緒に面会に来ていた。いつも、ニコニコしていたが、今日は、沈んだ表情をしていた。医師は私の顔をジッと見つめた。そして、Aさんの…

 

「状態」

 

について説明を始めた…

 

「現在、Aさんは安定した状態です。現在の状態ならば、退院しても問題は少ない。と考えています。しかし、年齢的な問題もあるので…急変する可能性があります…現在では、SPO2の値は90前後あります。しかし、急低下する恐れもあります」

 

私は医師に質問した…

 

「SPO2が低下した場合、酸素は何リットル流せばよいのでしょうか?」

 

医師は答えた…

 

「最初は2リットルで様子をみてください。そして、年齢的な問題もあるので…自然な形で…ということになります」

 

つまり、医療的な支援は終了した。ということだ。後は終末期の支援になる。医師はさらに説明を補足した…

 

「今回は、御家族の意向もあり…基本的には酸素と喀痰吸引…点滴…という形になります。方針としては自然な形で…ということですので…」

 

医師は慎重に説明を行った。私は、このB医師には好感をもっていた。説明もわかりやすく、利用者のことを第一に考えているのが…

 

「わかった」

 

からだ。そして、B医師の説明を要約すると、今後の方針として「延命治療」は行わない。ということだった。そして、…

 

「自然な形で」

 

最後を迎えたい。という意向が御家族にある。ということだ。酸素吸入と喀痰吸引、点滴も最小限ということだ。因みにAさんの娘さんは若い頃に…

 

「特別養護老人ホーム」

 

で介護業務を行っていた。という経験がある。そのために、知識もある。今回の結論も、Aさんが元気な時に、話し合って決めていたらしい。通常は…

 

「終末期支援」

 

の場合、本人の意向がわからない場合が多い。なぜなら、現代の日本社会では、「死」を極端に…

 

「忌み嫌う」

 

傾向にあるからだ。だから、家族同士であっても、終末期について、お互いが「何も知らない」ということが大半だ…そのために、Aさんの場合は…

 

「例外的なケース」

 

である。通常の場合、本人の意志がわからないから、御家族の意思が終末期支援の方針となる。そして、…

 

「本人の意志」

 

が不在である場合が通常なのだ。医師の説明が終わった後、私はAさんを車椅子に移乗させた。そして、Aさんは目覚めた。私の顔を見ると…

 

「ニコッ」

 

と微笑んでくれた…私の顔を憶えてくれていたのだろう…私は胸に熱い想いが湧き上がってくるのを感じた…

 

 

私は、その後、病院の看護師から申し送りを受けた。必要書類と薬剤を受け取る。その後、エレベーターで一階におりた。受付の人に挨拶を行った。そして、…

 

「病院の外」

 

に出た。Aさんは、久しぶりに外気にあたり、爽やかな表情になった。そして、病院の医師や看護師などが窓からAさんの退院を…

 

「見送ってくれた」

 

テレビでよく見かけるシーンだ。Aさんは、病院の職員にも好かれていたのだろう。Aさんもニッコリと笑顔を…

 

「返した…」

 

私は、病院の職員が退院者に向かって、手を振るシーンをみて、なぜ…

 

「介護がドラマにならないのか?」

 

ということを、まざまざと実感する。世間では、医療と介護は「同じようなもの」として扱われる。自分も最初は、介護は医療の…

 

「付属品」

 

のようなもの。として捉えていた。しかし、自分が実際に介護施設で勤務をするようになって、介護と医療の違いについて…

 

「実感」

 

するようになった。介護と医療の最大の違いは、「治るか?」「治らないのか?」という違いにある。医療分野では…

 

「治療」

 

を前提としている。例えば、骨折などの外傷は治る。風邪などの感染症も自然治癒力により治る。しかし、介護分野では…

 

「加齢」

 

という症状を扱う。そして、障害という症状も扱う。加齢も障害も「治る」ことはない。加齢は自然現象である。障害は症状が…

 

「固定化」

 

される。つまり、医療的段階の後を、介護や福祉が担当するのだ。そして、加齢や障害の分野は、経済的な問題、社会的な問題を多く含むのだ。実際に…

 

「国際連合」

 

が策定している高齢者や障害者に関する基準も、多くの分野を扱っている。国が発行している障害者白書などを参照しても…

 

「差別」

 

などの微妙な問題をはらんでいるのだ。つまり、加齢や障害などの状態は「治療」を行なうことができない。つまり、いくら先端医療が…

 

「発達」

 

しても、最後は老化により寿命を迎えるのである。そして、最後のステージを担当しているのが、…

 

「介護」

 

なのだ。介護施設では、利用者が笑顔で退所する。ということは非常に少ない。多くの場合は、…

 

「葬儀社」

の人に見送られて、お別れをすることになる。退所する場合であっても、多くの場合は金銭的な理由が多い。そして、御家族の方が…

 

「施設に不満」

 

がある場合も多い。しかし、結局、介護施設も医療機関も法律により運営されているのだ。したがって、大きな差が発生するとは…

 

「考えにくい」

 

私もいくつか、施設や医療機関を知っているが、どこも、同じような体制だ。なぜなら、介護保険法や医療法により…

 

「運営」

 

されているからだ。私は、病室から笑顔で手を振る医師や看護師をみて、介護と医療の違いについて実感していた。医療の世界では、結果として…

 

「死亡」

 

することがある。しかし、介護の世界では、高齢化を扱っているために、「亡くなる」ことを前提としているのだ。やはり介護は…

 

「ドラマ」

 

になりにくいのだろう。特に現代日本では、死が「タブー視」されているために、なおさらだ。私は、Aさんと一緒に病院の職員に手を振りながら…

 

「内心」

 

このようなことを思っていた。そして、施設がAさんの…

 

「最後の場所」

 

となったのだ…

 

私は、自動車のハッチを開けた。そして、Aさんを車内に入れた。車椅子が固定していることを、確認すると、エンジンをかけて、

 

 

アクセルを踏み込んだ。…

 

 

車内では、Aさんは、ウトウトしていた。医師の話では、病院でも、傾眠状態だったらしい。Aさんは、夢を見ているようだった。時々、…

 

「スヤスヤ」

 

という寝息が聞こえてきた。今日はいい天気だった。雲ひとつ無かった。太陽が心地よい。季節は、いつの間にか、秋になっていた。最近、夜勤が多かったので…

 

「季節感」

 

が全くなかった。…

 

「…もう、夏が終わっていたのか…」

 

私は一人でつぶやいた。空には、秋の空が広がっていた。…施設に到着すると、暖かく皆が出迎えてくれた。そして、施設長に状況を報告する。病院からの…

 

「医療情報」

 

や、薬剤なども施設長に手渡した。Aさんは、他の職員によって、早急にベッドに移された。車椅子からベッドに移乗するときでも…

 

「起きることなく」

 

スヤスヤと眠っていた。山田もAさんの居室にきていた。山田は違うユニットに配属されていた。しかし、どうしてもAさんのことが心配で様子を伺いに…

 

「来ていた」

 

のだった。山田は、私の姿を見ると、話しかけてきた。…

 

「それで、Aさんの状態は、どうなんだ?」

 

山田以外にも職員が複数いた。皆、深刻そうな表情をしていた。私は、皆に口頭で医師から伝えられた情報を…

 

「申し送り」

 

した。そして、室内が重たい空気になってしまった。山田は皆を励ますように、わざと元気そうに皆に言った。…

 

「…やるだけの…ことをやろう」

 

皆は、山田の言葉を聞くと、うなずいた。そして、皆、持ち場に帰っていった。山田と私は二人きりになった。そして、山田は口を開いた。…

 

「俺が、ここに就職してから、もう、3年が経つ。最初は3日で辞めようと思ったよ。でも、Aさんの支援をしたときに、ありがとう。って、言葉をかけられたんだよ。…それで、現在まで頑張ってこられたんだ」

 

私は山田の言葉を聞いて、驚いた。山田は人に弱みを見せるのが、嫌いなタイプだった。そして、少しヤンキー風に見える為に、就職当時、先輩からの…

 

「風当たり」

 

が強かったのだ。しかし、山田は、そのような窮地を、得意の「お笑い」で切り抜けていたのだ。そのために、私も山田は…

 

「ストレスを感じないタイプ」

 

である。と現在まで、思っていたのだ。しかし、山田の心の底にも葛藤があったのだ。私は、そのことについて初めて知った。

 

そして、山田に勇気を与えたのは…

 

「Aさんの言葉」

 

だったのだ…

 

Aさんは、自然と相手に安心感を与える事ができるタイプだった。娘さんを見ると、Aさんは、元気なときは家族や周囲の人から…

 

「愛されていた」

 

ということがよくわかる。もし、Aさんがいなければ、山田は本当に介護の仕事を3日で辞めていたかもしれない。もし、そのような状態になっていたら…

 

「山田の人生」

 

も大きく異なっていただろう。山田と私は、ヘルパー研修からの付き合いだ。共に同じ講座を受講した。同年代ということもあり、意気投合した。ヘルパー研修は…

 

「講師」

 

の話をレポートにする作業がメインだった。私は、介護のことなど、全くのド素人だったので、最初は…

 

「特養」

 

という、言葉など聞いたこともなかった。周囲に高齢者もいなかった為に、介護や医療については知識が0の状態だった。恥ずかしい話、私は…

 

「デイサービス」

 

という言葉を知らなかったのだ。デイサービスとは、「コンビニの名称」だと思っていた。それほど、介護の世界とは…

 

「縁がなかったのだ」

 

正直、介護と医療の区別もできていなかった。介護と医療の分野は、自分の人生で一番、「無関係」な分野である。と思っていた。しかし、人間の…

 

「運命」

 

とは、不思議なものだ。私の場合は、祖父の介護がきっかけで、この分野に興味をもつようになった。しかし、知識が全くなかった為に…

 

「とりあえず」

 

介護ヘルパーの講座に申し込んだのだ。最初は介護職員になるつもりはなかったのだ、しかし、運命の…

 

「糸」

 

に引っ張られるように、この世界に飛び込んだのだ。私は、このように、未経験で実務経験無しだったから、最初は、先輩から何度も…

 

「注意」

 

を受けたものだ。しかし、3年間は頑張る。そして「介護福祉士」の資格を取得する。という目標があったから、頑張ってこられたのだ。しかし、最初は…

 

「失敗」

 

ばかりだった。今でも記憶しているのは、入浴介助中に利用者を転倒させてしまったことだ。入浴中の事故は…

 

「死亡事故」

 

につながる恐れもある。当然、厳重注意を受けた。正直、「辞めよう」と思ったこともある。しかし、どうしても…

 

「知りたい」

 

という知識欲のほうが、大きかったのだ。そして、1年目がすぎる頃には、段々と仕事にも慣れてきた。山田も同じような思いだったのだろう。山田は…

 

「母子家庭」

 

で育ったらしい。そして、中学生の頃から、仕事で忙しい母親にかわって、祖母の介護をしていたらしい。そのために、声掛けが上手だった。しかし、1人になると寂しそうに…

 

「むせるまで」

 

タバコをふかしていた。やはり、色々と苦労があったのだろう。山田の母親は、現在、体を壊して静養しているらしい。利用者さんも、職員も、それぞれ…

 

「いろいろな思い」

 

を抱えて、生活をしているのだ。それが「介護施設」という場所なのだ。厳しい人生を生き抜いてきた人生の先輩達の…

 

「終着駅」

 

という趣もある。私も、最初の駆け出しの頃は、利用者さんから、助けてもらったことがある。介護というのは、一方通行でなくて利用者さんと職員の…

 

「助け合い」

 

が基本となるのだ、Aさんも、入所当時は認知症も進行していなかった。そのため、食器の配膳、洗濯物の取り込みなど手伝ってもらったものだ。Aさんと一緒に…

 

「ふかし芋」

 

をつくったこともある。正直、家事が不得手な私よりも、Aさんのほうが、調理や洗濯物だたみ、は上手だった。何度か、そのことについて利用者や先輩から…

 

「からかわれた」

 

ことがある。今では良い思い出た。しかし、Aさんは現在、ベッドに横たわっている…

著者:大輔 福永 (from STORYS.JP)

[続き]終末期の支援②

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