今年も「さくら版」

 〈四月ごとに同じ席は/うす紅の砂時計の底になる〉…古びたホテルの喫茶室に女性客が一人、窓の外の桜をぼんやりと眺めながら考えている。過ぎた季節のこと、終わった恋のこと。窓際では老夫婦がお茶の時間。ことしも二人して、ここに来られましたねえ▲空から降る花びらを砂時計の砂に見立てた松任谷由実さんの「経(ふ)る時」はこの季節に聴きたい一曲だ。桜の名所として名高い東京・千鳥ケ淵の近くにあり、15年ほど前に閉館した「フェヤーモントホテル」が舞台という▲日課の散歩の川べり、通学路の並木、通勤のバス。あなたの“同じ席”はどこだろう。早めの開花に急(せ)かされ、年度始めまで待ちきれずにきょうの紙面は「さくら版」▲サクラの開花のカギを握るのは春の暖かさではなく、実は冬場の寒さなのだ-と最近教わった。低温が一定の期間続くことで花芽が休眠物質の働きから目を覚ます「休眠打破」というプロセスが欠かせないのだという▲開花や満開に「南限」があるのはこのため。このまま気候の温暖化が進むと休眠打破が十分に起きなくなり、南限は現在の八丈島や種子島辺りからぐんと北上してしまう-との報告も▲「うす紅の砂時計」は、いつまで時を刻んでくれるだろう。咲き競う桜。柄にもなく殊勝な気分で見上げてみる。(智)

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