田嶋会長 記者会見レポート「ハリルホジッチ解任・西野新監督の『衝動』」

こんにちは、駒場野です。

4月9日はスポーツ界で2つの大きなニュースがありました。野球ではエンゼルスの大谷翔平が2試合目の登板で圧巻の「ショータイム」を演じましたが、7回に初ヒットを許した直後、生中継のNHK BS1がニュース速報で伝えたのが「ハリルホジッチ監督解任」でした。

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その後で協会からリリースもいただいたので、JFAハウスでの緊急記者会見に行ってきました。ビルの前に取材陣が十数人も集まっていたのは初めて見ましたが、記者会見場のヴァーチャルスタジアムは約300人で超満員。普段とはかなり違った緊張感にもあふれた16時ちょうど、田嶋幸三会長が一人で登場しました。

記者会見全文質疑応答全文(1)質疑応答全文(2)質疑応答全文(3)

記者会見の全文テキストは既にQolyでアップされていますので、このレポートでは会場の様子や囲み取材での質問、それを通じて私が感じた事などをお伝えします。

質疑応答での混乱

田嶋会長のコメントの後、各記者による質問が続きました。会見自体は約1時間の長さでした。

この中で田嶋会長が繰り返していたのは「3月のベルギー遠征まで、JFAはハリルホジッチ監督を全力で支える事だけを考えていたし、自分も監督交代は全く考えていなかった」という事です。組織の原則論として「万が一の事態を想定する必要はある」という補足も含め、これは恐らく本当でしょう。もし去年12月のE-1選手権での日韓戦敗北で可能性を想定していたら、冬のメルカートで「W杯指揮経験のあるベテラン外国指揮官」をリストアップしていたはずです。

ただ、他の部分では田嶋会長の混乱が目に付きました。いわゆる「回答漏れ」が目立ったのです。西野新監督の任期についての質問を聞き飛ばし、別の記者から改めて問われて「ロシアW杯終了まで」と答え直す、ハリルホジッチ前監督とともにボヌベー・ルグシッチ・モワンヌの3人の外国人コーチとも契約を終了することも後から付け足す、等々。後者についてはJFAの公式サイトでも9日中に発表できませんでした。

そして今回の交代劇の本質、「なぜ西野氏が適任なのか」という点も田嶋会長の説明は不可解でした。3月の苦戦を見て「ハリルホジッチ監督のまま日本代表がW杯で惨敗するのを座視するわけにはいかない」と思ったのはともかく、「フル代表自体の指揮経験がない西野氏だと『日本が勝つ可能性を1%でも2%でも上げることができる』」根拠がありません。

「現状の危機に対応したチーム改革」なら内部を見てきた手倉森誠コーチがいます。それでも西野氏を選んだ理由は「技術委員長としてハリルホジッチ監督を支え続けた『ロイヤリティ』」というのが、田嶋会長の答え。プレー経験のない私が言ったらおかしいですが、「組織への忠誠心」があれば代表監督は務まるのですか?手倉森コーチに固辞されたという報道もありましたが、代表監督の座を「貧乏くじ」にさせてしまった責任は重大です。

2年前の会長選の時に書きましたが、田嶋幸三は日本サッカー界の代表として十分な資質とヴィジョンを持つ「教育者」です。その田嶋会長ですらピントを外した回答、理由になっていない説明が続くのは、今回の監督交代の唐突さと問題の根の深さを示しています。個人としてはその点もショックでした。

「田嶋vs原!史上初のJFA会長選挙が大接戦になりそうなワケ」(2016年1月28日付)
https://qoly.jp/2016/01/28/column-nakanishi-jfa-presidency

それでもの「突き上げ」?

つい半月前まで監督交代は全く考えていなかった、しかもロシアW杯まであと2ヶ月、実質的な準備期間は3週間しかないという「どう見ても短い」このタイミングで、それでも監督交代を決断させたのは何でしょう?

具体的な人名は避けていましたが、冒頭コメントの中で田嶋会長は「3月27日のウクライナ戦の後、選手との信頼関係やコミュニケーションが十分に取れるような状況でなくなった」「監督とチームの信頼関係ができない可能性が3月のベルギー遠征で見えた」という事は明言しました。恐らくこれも本当でしょう。それ以外にこの急変を説明できません。

9日は16時から本郷のJFAハウスで緊急記者会見をやった後、18時から上野の東京芸術大学で連携協定の調印式がありました。その後にあった田嶋会長の囲み取材で、最後に質問ができたのは実は私でした。W杯直前を除くと最後のテストマッチになる2試合で田嶋さんは何を期待されていたのですか?そこでの「クライテリア」(優先順位)は何だったのですか?という問いかけに「勝敗にこだわったわけではない、もちろん勝っていれば監督への求心力が高まったかもしれないが」と前置きした上で改めて、「ウクライナ戦の後、監督と選手の間のコミュニケーションが取れなくなって、これ以上継続することが難しくなった」と田嶋会長。陰謀論を封じる「これは純粋に勝つための判断であって、マーケティングの問題ではないですよね?」「全くその通りです」という応答に続いての返答なので、これも本当なのでしょう。

マスメディアの記者だとこうは書きづらいでしょうが、私は「選手ってそんなに偉いの?」と思ってしまいます。最終的に試合をするのはもちろん選手ですし、個別にプレースキルを上げるのは彼らにかかっていますが、それを組み合わせ、チームとして作り上げるのはその専門家である監督の仕事です。所属選手の中からしかメンバーを選べないクラブではなく、選手選考の段階から自分のスタイルをより強く打ち出すことができる代表監督ならなおさらでしょう。

まして、ハリルホジッチ氏はJFAがその実績を買ったように、個人の能力や選手層の面では苦戦が予想されていたアルジェリアを同国初のベスト16に導き、さらに決勝トーナメントでは優勝したドイツを相手に延長戦まで戦い抜いてブラジルW杯で強い印象を残したプロフェッショナルです。

「FIFA.com」の仕事として全部見たロシアW杯予選のホームゲームで、間違いなく2017年8月のオーストラリア戦は会心の出来でした。一対一のデュエルでの勝利、素早い縦の攻撃、積極的なシュート意識、斬新な若手選手の起用。彼の理想とするサッカーを「最終回答」として見せて、日本はロシアへの切符をつかみました。

同時に、この試合はオーストラリアの自滅でもありました。あのカイザースラウテルンの悪夢を含め、今まで日本を圧倒してきたフィジカル勝負を封印して中盤での細かいパス回しを重視するアンジェ・ポステコグルー監督の「俺たちサッカー」は、これを長年鍛え上げてきた日本サッカーには対抗できませんでした。ここではっきりと決着を付けた日本が、まさか7ヶ月後に破った方の後追いをするとは。

それでも田嶋会長は監督交代に踏み切りました。Qolyでも記事になっていますが、W杯直前の監督交代でベスト16に進んだのは1994年のサウジアラビア以来ないという無謀さを承知の上で。そこまで彼を追い込んだのは、「これ以上はこの監督と戦えない」という明確な意思表示、俗に言えば「突き上げ」が選手から出たという事でしょう。それも、田嶋会長から契約解除を直伝されて怒り混乱したというハリルホジッチ監督の意識の外で。このチームマネジメント経験のない選手達がこだわる「自分たちのスタイル」がハリルホジッチ流よりも世界に通用する根拠は見えません。

なので、このレポートでは「指導体制の破壊」が手段を超えて自己目的化したという評価と、それは技術委員会での論理的批評よりも選手からの嫌悪が優先されたのだろうという推測から『衝動』というタイトルを付けています。

※私の隣の席で取材していた芸人、プチ鹿島氏のツイート。ヴァーチャルスタジアムは超満員。

決断への覚悟は?

記者会見での終盤、田嶋会長の進退に関する質問が出ました。それまでに西野新監督が技術委員長とともにJFA理事も辞任したと説明されていましたから、当然の質問だったでしょう。これに返答する田嶋会長の表情は少し怒気をはらんでいたように見えました。この状況を放置すれば責任がなくなるとは思わない、ここまでになった責任はあるかもしれないが、選手を含めてみんなが努力してきた、だから「辞める辞めないという事を言うつもりは無い」と。

田嶋幸三氏を「教育者」と書いた理由は、そのヴィジョンです。男女フル代表の強化はもちろん、育成や普及への配慮、「世界一普及したスポーツ」を活かした社会貢献等々、彼の理想は多角的な視野に満ち、スポーツ界全体の地位向上にも役立つ内容でした。それは、純粋にボールを蹴ることを愛する「サッカー小僧」から見れば難解で冷たく、疎ましく思えるかもしれませんが、日本サッカーの舵取り役としては重要な要素であり、「Jリーグへの秋春制導入」公約を別にすれば彼の当選を歓迎していました。今でもその評価は変わっていません。日本障がい者サッカー連盟(JIFF)の設立も彼なしでは無かったでしょう。

ただ、不本意で他動的な要素が強かったとしても、このような形でハリルホジッチ監督を失った事への責任は、やはり明確に取らなければなりません。監督を委ねた以上、その決定を全面的に支援するのは協会の責任というのは田嶋会長自身が認めている論理なのですから。それが破綻した、さらに技術委員長が自らの退路を断って後任監督を受けたのなら、組織のトップである会長も自らの進退を賭けていただきたいと願います。それを避けたのは田嶋会長の聡明さであり、安易な責任論に逃げないという哲学なのでしょうが、それでもここは踏み込んで発言すべきだったと思います。今回はそれだけ危機的な事態だからです。

そしてロシア大会が終わった後、1月に自らを無投票で再選した評議会に対して改めてその信を堂々と問えば良いのです。もちろん、非常に厳しい状況ながらも「西野ジャパン」として臨む本大会での成績も影響するでしょうが、それ以外の部分で日本サッカーが進んできた道はおおむね正しかったと評価しています。そこにあるはずの実績まで「エリートの自己保身」と不当に嘲笑される慎重さによって覆い隠され、「オールジャパンで戦ってほしい」という田嶋会長の最大のメッセージの信頼性が大きく損なわれてしまったのが、とても残念でなりません。

とにかく、12日の西野新監督の就任会見を待ちたいと思います。慎重な人柄で知られ、故郷の浦和レッズの監督就任要請も家族への影響を考えて固辞したという彼がなぜ引き受けたのか、あまりにも短く、しかも初経験のフル代表監督でどんな選手選考や采配の方針を立てるのか、会見にうかがうことはできないのですがしっかり見守りたいと思います。

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