地域の過去

 地域の過去は直接目に見えない。だが、昔を知る人から話を聞いたり、書物を読んだりして、その存在を感じとることはできる▲近年まち歩きがブームだ。NHK番組「ブラタモリ」の人気はもちろん、長崎市の書店では昨年、“まち歩きの達人”山口広助さんの著書がロングセラーになった▲何げない景色に目を留め、そこに秘められた昔のエピソードを再発見する面白さを、多くの人が味わっている。ブームの背景にあるのは、身近な地域の来歴を探究したいという知的欲求の高まりだろう▲それに呼応するように、長崎大多文化社会学部がこのほど、「大学的長崎ガイド-こだわりの歩き方」を刊行した。16人の研究者が本県の地域性を深く理解する糸口を提示した大学発の案内本だ▲執筆者の一人、葉柳和則教授は「平和案内人の方たちと一緒に浦上を歩き、彼らの語りや説明を聞きながら、被爆の痕跡を目にするとき、私たちの眼前にも不可視の領域が広がってくる」と書く。手掛かりがあれば、昔の栄華も惨禍も脳裏に思い描くことが可能になるだろう▲散策が心地よい季節になってきた。身近なまちを歩きながら、そこに刻まれた見えない過去に対して想像力を働かせよう。私たちが暮らす地域のありようをより深く理解して、大切にするために。(泉)

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