【世界から】中国、習い事に追われる子どもたち

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中国誌『生活週刊』の表紙。タイトルに「育児焦慮症―子どもの資源争奪のために」とある。「焦慮」は中国の教育を理解するためのキーワードの一つだ=斎藤淳子撮影

 中国の都市部に住む小学生はたくさんの習い事をしている。ピアノや英会話といった日本でもおなじみのものに始まり、囲碁、朗読、武道、サッカー、ラテンダンス、作文などなど、文字通り多岐にわたっている。背景には何があるのだろう。以前から指摘されている厳しい学歴競争社会の伝統や、一人っ子への過度な期待などのほか、過去十数年に起きた経済、文化面での急激な変化、ますます募る親の焦燥感などといったような新たな要因もあるようだ。北京からリポートする。

 北京市にある公立小学校4年生の王君は日曜から金曜まで毎日習い事に通っている。作文に受験用算数、英語、囲碁、絵画、水泳と毎日習い事をしている。習い事が無いのは土曜日だけで、この日は「もちろんゆっくり寝る」らしい。

▽約1割の子がほぼ毎日習い事

 小学校の先生が生徒と使う課題アプリの「一起作業」と大手ポータルサイト系列の「新浪教育」が2017年に、およそ6万人の小中学生に習い事について聞いた「課外研修調査」によると、中国都市部の小学生が1週間当たりに通う習い事授業数で最も多かったのは「1~3」で、48%を占めた。一方、王君のように6授業以上の習い事をしている忙しい学生も8%いる。30人クラスだと2~3人いる計算になる。

 学費はどうだろう。これが驚くほど高い。私の周囲での例を紹介したい。外国人教師による小学生の英会話教室を2時間受けると、360元(約6100円)もする。小学生向けサッカーやバスケット教室も150~280元(約2600~4700円)と聞く。いずれも8人以上を対象とした集団授業で1人1回当たりが支払う学費だが、日本であれば大人の個人レッスン並みの高さだ。

 また、北京大学が全国29省の小中学生1万4000人に対して調査した「2017年中国教育財政家庭調査」では、趣味系の習い事を除く年間塾費用は5021元(約8万5千円)だった。一方、先の一起作業・新浪教育の調査では、塾や習い事に年間1万元(約17万円)以上支出している家庭は31%もいた。このうち、2万元(約34万円)以上の家庭は14%。7人に1人が月3万円近くも習い事につかっていることになる。北京市であれば、車1台を1カ月維持するために必要な額(駐車場代とガソリン代)に相当する。

 重い経済的負担にもかかわらず、中国の親が子どもたちに多くの習い事をさせている理由は何だろうか? 中国の厳しい学歴競争社会とそれを背景とした親の教育熱心さがあるのは言うまでもないだろう。さらに、15年に廃止されるまで30年以上続いた「一人っ子政策」により子どもへの過分な親の期待や関心が増幅されやすい点もある。

 これらは今なお重要な要因だが、ほかにも近年急速に変化する中国の経済、文化、心理的要因が習い事の増加に拍車をかけている。ある意味で自然な流れだが、経済的豊かさの実現に合わせるように子供の教育支出も増えている。中国メディア「東方早報」のネットニュース版である「The Paper」が実施した「2015年中国家庭教育消費者図譜」は、月収で分けたグループの月間習い事費用を比較し、収入が高いグループほど教育支出が多いと指摘している。また、経済成長と比例するように中国の小中学生の習い事ビジネスも急成長を遂げている。会計事務所大手の「デロイト」は15年~20年に年率22%、「智研コンサルタント」は同15%以上で急成長すると予測している。また、中国のリサーチ企業「中商産業研究院」は16年の同産業規模は3800億元(約6兆4300億円)で、成長率10%と控えめに見積もっても5年後には6千億元(約10兆100億円)を突破すると指摘する。

▽変わる親の意識

 また、豊かになり余裕の生まれた経済状況と関連しているが、文化的にも1980年代以降に生まれた親は、実益を重視していたそれ以前の親たちとは異なる。彼らは子供の個性や興味を重視し、純粋な素養や趣味を目的とした習い事にも肯定的だ。例えば、以前はピアノを習う目的は、検定試験で級を取り、入試に役立てるためだった。しかし、最近の親には純粋に音楽の素養を求める人も多い。受験の役に立たない素養育成を目標とする習い事の普及は、中国では新しい消費スタイルであり、一種の「ぜいたく消費」の誕生とも言えるのかもしれない。こうした新しい価値観の浸透とともに、習い事の裾野も広がっている。

 最後は「焦慮する」親たちの心理だ。「焦慮」は「焦り不安を感じる」という意味だが、今や中国の教育を語るキーワードになっている。例えば、中国の有名雑誌「生活週刊」も「焦慮」をタイトルに入れた「育児焦慮症―子どもの資源争奪のために」という特集を掲載した。そこでも取り上げられているのが、わが子を「人の家の子」と常に比較し「スタート時点で出遅れない」ように神経質になる親たちだ。彼らは、子どもの絶対的な成長より「人の家の子」と比べる比較圧力を感じ、「スタートラインで出遅れたら、一生取り返しがつかない」という強迫観念にとらわれている。加えて、「一人っ子でセカンドチャンスがない」というプレッシャーも大きい。さらに、3年で10年のごとく急変する中国社会や経済格差の拡大を前に、親たちはわが子の教育資源確保のためにいまだかつてなかったほど大きな危機感を感じているのだろう。

 このように、現在の中国の若い親はお金に糸目をつけず、実益目的に限定せずに、より広く多くの習い事を子どもにさせるようになった。一方で、子どもの将来への不安も大きい。その結果、あれも、これも子どもにやらせようとして、子どもたちをますます忙しくさせているのではないだろうか。中国政府も、子どもの負担削減を目的に動きだし、2月には過熱する塾・習い事ビジネスに対する監督強化の方針を出した。とは言え、教育は大人一人一人の価値観と行為が作る、いわば「社会の鏡」であり、禁止令が出たからといって簡単に変わるものではない。

 習い事に追われる子どもたちの背後に浮かび上がってくるのは、伝統と急激に変わりゆく現代のはざまで揺れ動き、子育ての「正解」を求めて焦慮する若い中国の親たちの姿だった。(北京在住ジャーナリスト、斎藤淳子=共同通信特約)

囲碁を学ぶ中国の小学生。中国では子ども向け囲碁教室も多い=斎藤淳子撮影