【特集】「イラク日報」記録抜け落ちの“怪異”

教訓伝わらない組織と隊員の怒り

東京・市谷の防衛省

 存在しないとされた自衛隊のイラク派遣時の活動報告(日報)の一部が16日、明らかになった。共同通信の取材・検証チームの一員として約1万5千ページ、435日分の膨大なデータを読み込んだ。最初に気付いたのは、2004年4月7日に陸自サマワ宿営地が初めて攻撃された日報を含め、約1年分の迫撃弾などの着弾、その際の隊員の対応を記載したはずの日報がすっぽり抜け落ちていることだった。まだ防御態勢も十分でない初期、差し迫る危機に隊員たちがどう向き合ったかが分かる貴重な記録を防衛省が出せなかったことに驚いた。記録作成から公開に至るまでの過程で、だれかが何らかの意図で故意にデータを外した可能性もある。防衛省の隠蔽体質は何ら改まっていないのではないか。(共同通信=柴田友明)

 ▽制服トップも首ひねる

 「隠す必要はないはずだ」「(記録抜け落ちは)なぜだか分からない」。04年派遣の際、陸自トップの陸幕長だった先崎一氏は取材にそう語った。最初の攻撃の際、現地部隊とどうやりとりしたかについて、これまでの取材で具体的に答えてきた。元防衛官僚でイラク派遣時に内閣官房副長官補を務めた柳沢協二氏も「当時、日報は直接見ていないが、詳細な報告を受けてイラクを巡る状況は把握していた。(初期の攻撃された記録が欠落している)理由は分からないが、公開してもいいはずだ」と話した。

 04年10月にはサマワ宿営地内が初めてロケット弾攻撃を受け、コンテナを貫通する被害があったが、この日報もなかった。05年7月5日の日報には「昨夜の『飛翔音、弾着音事案』対応として宿営地一斉検索実施」「付近にロケット弾着弾→連続発生の可能性は否定できず」「(サマワ)市内で2日連続のRPG(ロケット弾)射撃発生」との記述がやっと出てくる。

 今回、発表された日報は「あらゆる部署に配布した」(当時の制服幹部)はずだが、欠落があまりにも多すぎる。ファイルされた穴開けの跡、隊員がペンで書き込んだ痕跡も多数ある。陸上自衛隊が初めて経験した「戦地記録」として公式に磁気データとして残そうという発想がなかったのが残念でならない。秘密指定の文書ではないので、派遣された自衛官、担当した幹部OBにも聞き取りして完全なかたちでその内容を国民にオープンにすべきではないか。

 ▽記録欠落の意味

 「日本人を動揺させるために日本のメディアに対する小規模な攻撃を行う可能性は否定できない」。イラク派遣の初期、04年2月の日報にはこんなどきりとする表現が何度も登場する。戦地派遣された、言わば軍事組織として「本番中」の自衛隊が日報でメディアについて、もしかしたら危害が加えられるかもしれないと記述していたことは興味深い。どういう状況を想定、対応を考えていたのか。日報にはその記載がない。

 当時イラクで取材する米国メディア、例えばCNNなどは警備会社と契約。米兵のように自動小銃で完全武装した警備員が取材クルーを囲むようにして守っていたことを覚えている。そのような大規模な態勢は取らなかったが、日本のメディアも安全面では自助努力してきた。

 それにしても、なぜこれほどまでに記録が欠落しているのか。改めて考えたい。今回のイラク日報ではないが、陸上幕僚監部の内部資料「イラク復興支援活動行動史」(2008年5月)では派遣時期の後期、06年1月から派遣された担当者が次のように記述している。

 「情報の不足」と箇条書きにして「第1次群の派遣からすでに2年以上が経過しているが、情報の積み上げについて疑問が残る点が散見された。そのひとつは過去の情報が組織的に入手できていないため一部について現地の状況とあまりにもずれた準備訓練を実施していたことが挙げられる…特に復興支援ニーズに関する情報は断片的なものでしかなく、効果的な活動の実施に大きな妨げとなった。これらは現地の状況により大きく変化する可能性もあるが、組織的な情報が末端の部隊まで伝わることなく、過去に派遣された隊員から個人的に情報を得なければならないシステムそのものが間違っているのではないか」

 この文章を読むと、情報管理、引き継ぎが組織内で徹底されていなかったことが総括されていることが分かる。執筆した隊員の怒りさえ伝わる。すでにイラク撤収のカウントダウンが始まっていた時期でこれである。教訓が組織的に伝わらない自衛隊の負の側面が見えてくる。

イラク南部サマワ宿営地を訪れて部隊を激励する先崎一陸幕長(左、当時)と指揮官の番匠幸一郎群長(右、当時)=2004年4月

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共同通信

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