「サッカーコラム」伝統の力が呼び込んだ勝利 崖っぷちで踏みとどまったJ1鹿島

鹿島―名古屋 後半、2点目のゴールを決め大喜びの鹿島・金崎=カシマ

 チームが低迷した時に大なたを振るうタイミング。基準こそ違えど、各クラブで決まっているはずだ。それは強豪チームになればなるほど、厳しいものになるのだろう。

 昨シーズンのJ1鹿島は、リーグ戦の12試合を消化した時点で石井正忠の更迭を決断した。その時の成績は7勝5敗。それを踏まえると、鹿島では「5敗」という数字が監督交代の一つの目安となっているのかなと思える。

 石井監督の後を継いで、昨季途中からチームを率いた大岩剛監督が苦しんでいる。アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)でこそ好調だが、J1ではぱっとしない。7試合を消化した時点で2勝2分け3敗の13位。あと1敗を喫すれば4敗目。昨年と同じ基準を適用すれば、後のない状況に立たされるということを意味する。だから、4月14日に行われた第8節名古屋との一戦は鹿島にとって、何より大岩監督にとってかなり重要な試合だった。

 故障者が続出しているチームにとって幸いだったのが、試合をコントロールできる主力が戻ってきたことだ。3試合ぶりに復帰したCBの昌子源。そして、ドイツから帰国した内田篤人が開幕戦以来のスターティングメンバーに名を連ねた。その内田についてキャプテンの小笠原満男は「アツト(内田)はチームに自信と安心をもたらす」と、その存在の大きさを語っていた。2大会連続でワールドカップ(W杯)に出場した小笠原にとっても、内田の選手としての格はちょっと違うのだ。

 風間八宏監督率いる名古屋はボールの保持率こそ高いものの、発展途上にある。その姿は、風間監督が川崎を率いたばかりのころと酷似している。「ゲームを支配できるようになった。けれども試合を勝ち切るためには最後のところのゴール前」という記者会見でのフレーズは、かつて等々力競技場で何度も聞いた言葉だ。

 相手にペースを握られていても、勝負どころを心得てそれをものにする。本調子とはいえないまでも、はまれば得点を奪ってしまう。鹿島とは、そういう力があるチームだ。事実、この試合で奪った2ゴールはともに早い攻撃からだった。

 待望の先制点は前半10分。自陣の昌子が入れた縦パスを土居聖真がフリック。左サイドを突破した鈴木優磨のクロスを、金崎夢生が相手DFの秋山陽介ともつれながらもスライディングで押し込んだ。そして、今季リーグ戦で初の複数得点となる後半43分の2点目。前線からプレスをかけた金崎が、名古屋のMF小林裕紀にスライディングタックルを仕掛ける。そのこぼれ球をワンタッチで山口一真がスルーパス。独走した金崎が今度は、強烈な右足シュートでゴールにたたき込んだ。

 チームが置かれた危機的状況を受けて、試合前には選手による話し合いがもたれた。その効果もあったのだろう。勝利の立役者となった金崎が「今日はみんな気持ちが入ったプレーができた」と語っていたように、この日の2ゴールはともに自らが体を張ったことによって生まれたものだった。

 直前の2節、鹿島は湘南とFC東京に連敗を喫していた。この2戦では、鹿島の守備ラインが自陣深くに引いてしまう傾向があった。特にFC東京戦では先制点を挙げながらも、消極的な戦い方が結果的に逆転負けの要因となった。

 「よかったです、勝って。久々に喉が痛い。久々にいっぱい声を出した気がする」

 かすれ声で笑顔を見せる昌子が他の選手に求めたのは、体力的にはきつい前線からのチェイシング。加えて、ミスした選手には励ましではなく厳しい声を掛け続けた。そう、日本代表のCBは「鬼」になることでチームを鼓舞することを選択したのだ。その厳しさは当然、自分にも向かう。6学年下の守備的MF三竿健斗にも、自らがミスしたときには遠慮なく怒るように求めたという。

 「その声で集中力を維持できる。アツト君(内田)やミツさん(小笠原)だって関係ない。今のチームに足りなかったことは、そういうことなんです」

 ベテラン選手も、試合の主導権を握るための演出をした。今シーズンの鹿島は立ち上がりが悪いと認識していた内田が、キックオフから右サイドライン際で明らかに意識と思える果敢な攻め上がりを繰り返す。前半9分にはクロスを放つことで、攻める意志を見せつけた。

 「きれいな形でなくてもいいから、ゴリゴリ押し込む。それって立ち上がり(に)は大事なんだよね。通らなくてもいいから(最終ラインの)裏みたいな。満男さん(小笠原)もめっちゃ分かりやすく裏に蹴っていた。やることがはっきりすれば、うちの選手は技術が高いんだからやれると思う」

 守備を安定させて、カウンターから得点を狙う。現在の鹿島は、強いときに比べれば物足りない試合を演じているのかもしれない。だが、このチームには迷ったら帰るべき基本形がある。それがJリーグで最多のタイトルを誇る鹿島ならではの強みなのだろう。

 そして、大岩監督にとっても名古屋戦のもぎ取ったこの1勝は、立ち直るという意味でとても大きかったに違いない。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続。

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