明治安田生命J1リーグ第8節、浦和レッズ対清水エスパルスは、前半戦を優位に進めた浦和が2点リードを奪い、後半戦に持ち返してきた清水の追撃をかわす展開で終わった。
この試合は、前半と後半で全く異なった状況となり、その理由を考察するのも面白いゲームであったが、それよりも印象に強く残ったのが興梠慎三のパフォーマンスであった。
日本を代表するスコアラーは2ゴール全てを生み出し、いずれもヘディングでの得点。
決して上背があるわけではない彼が、高身長の選手が並ぶ清水DF陣を相手に奪ったそれは非常に興味深いもので、高さを持ち味としていないストライカーにとってはまさに「参考書」とも呼べるべきエッセンスが詰まっていた。
今回はその中から二点目を取り上げ、そのゴールが生まれたプロセスを「動き出しの質」という点に焦点を当て、図解しながら分析してみようと思う。
①「静」から「動」へのタイミング
この二点目のゴールは、右ウィングバックで起用された橋岡大樹のクロスから生まれたものだが、下図は彼がドリブルを開始した瞬間のものである。
そして、ここで押さえておきたいのが興梠の状態だが、まだこの時点では、画面右上に位置する彼は「静」の状態であったことがわかるだろう。
言わば、ギアを入れていないニュートラルの状態にあり、様々なシチュエーションに対応できるような態勢を取っていた。
では、彼はどこでギアを変えたのか。
それは、橋岡が清水DF松原后との競争に勝ち、視野が確保しやすい状況になった時であった。
味方から自分が欲しいパスを呼び込むためには「動き出しの質」が問われるが、その「質」を高める上で重要になってくるのが「いかに味方との呼吸を合わせられるか」である。
これは比較的イメージしやすい話だとは思うが、味方選手がパスを出せないタイミングで動いたところでボールが自分に来ることは“ほぼ”ない。
もちろん、状況によってはあえてバッドタイミングで動き、マーカーを吊ったり、スペースを空けるという個人戦術も存在するが、少なくとも「ボールを受ける」という意味では正解ではない。
時に選手が「よく動くがボールがなかなかこない」、「オフザボールに課題を残している」と評されるが、彼らがそのように言われる所以もこの「タイミング」の面に問題を抱えているのが大半である。
逆に興梠のような選手は「タイミングの取り方が非常に巧い選手」と評価されるが、このワンシーンをピックアップしただけでもその理由がぼんやりとはわかるはずだ。
②味方に要求を伝える動き方
「動き出しの質」で重要な要素である「味方との呼吸を合わせる」については上述の通りだが、ここで忘れてはならないポイントが別にある。
それは「味方に要求を伝える動き方ができるかどうか」である。
この動き方には大まかに分けて何通りかパターンがあるのだが、興梠はここではその中から最もシンプルなものを選んだ。
画像をご覧の通り、万国共通の「ボディーランゲージ」。
DFラインへの裏へのボールを要求していることが誰が見てもわかる単純明快なものであった。
この動き方は味方にその内容を伝えやすいという反面、情報が相手チームにも筒抜けになるという弱点がある。
では、それでも彼がこのアクションを実行した理由はどこにあるのか。
こればかり本人に直撃してみないと真相は不明だが、おそらく、この時点で興梠には「このエリアにボールが入ってくれさえすれば、何かしらできる」と自信があったのではないかと筆者は推測している。
「何かしら」という曖昧な表現を使ったが、仮にシュートに持っていけなかったとしても、最低限ボールを収めるなど、「変化をつけることはできる」と踏んでいたのではないだろうか。
③「動きなおす」という選択
だが、彼のボディーランゲージに対しての橋岡の答えは「NO(もしくは見えていなかった)」であった。
橋岡はアーリークロスを放り込むのではなく、さらにボールを運び、縦から中にドリブルの進行方向を変えたのだ。
そこで興梠が練り直した戦法が「動きなおす」という選択であり、それは彼が持つ二つの真骨頂を披露してくれた瞬間でもあった。
まず一つ目は「マーカーを外す動き」だ。
イタリアの世界では「スマルカメント」と称される、サッカー選手にとっても重要な能力な一つである。
上図は橋岡が中央に切れ込む瞬間を切り出したものだが、これだけを目にすると、興梠が非常に不思議な動きをしているように感じるだろう。
明らかにボールから離れるようにファーサイドへ流れており、素人目には、「ゴールに対しても遠回り」と感じられるはずだ。
だが、彼はこの動きに大きな狙いを持っていたように思う。
それは、自らをマーキングしていた立田悠悟を翻弄すること、より具体的に言えば「立田の視野から隠れてフリーになる」という明確な意図だ。
そしてこの効果はダイレクトに表れた。
立田は見事にこの戦法にハマり、興梠への注意が一瞬遅れて、ピンチを迎えてしまったのである。
つまり、興梠は「ゴールへの遠回りのような特有な動き」で好環境を作り、このシーンから数秒後に訪れる決定機を自らで演出してしまったというわけだ。
④「理想的スペース」を作る
また、前述の③で行った「動きなおし」にはもう一つの武器が隠されていた。
それは興梠の真骨頂の二つ目、「理想的スペース」を作るという彼の特性である。
ここで言う「理想的スペース」とは何か。
なかなかワンフレーズでは表現するには無理があったかもしれないが、説明を加えるならば、「自分が次のアクションを行いやすくするためのスペース、例えば、トップスピードで走りこみやすくするための助走距離を用意するためのスペース」と考えて欲しい。
味方からのクロスボールに合わせる状況はケースバイケースであるが、「動き出しの質」で勝負する選手に共通する理想は「ボールが来る前にフリーの状態になっていること」。また、それは叶わずとも「ボールが合わせるタイミングで、相手選手よりも先にボールが触れる状態になっていること」である。
では、そのためにはどのような準備が必要になるのだろうか。
その答えの一つが上述の「理想的スペース」を作ることだ。
今回のケースで具体的に説明すると、興梠が立田よりも先にボールを触るためには、リーチやフィジカルコンタクトの面で優位性のある立田との駆け引きでリードを奪う必要であった。
そこで彼が行ったのが、一旦ファーサイドに流れることで立田との距離を取り、さらに、ニアサイドに来るであろうボールに対して可能な限りトップスピードで飛び込むための助走距離を自らの意思で作るというものであった。
そして、この巧妙な駆け引きが功を奏し、興梠は立田とのポジション争いに勝利。ゴールを生み出したというわけだ。
無論、ゴールの直接的な要因となったヘディングの技術も特筆すべきものであり、彼の恵まれた身体能力(とりわけ敏捷性や跳躍力)も触れざるを得ないところではある。さらに言えば、橋岡の右足から繰り出された精度とタイミングが共に良質であったクロスも秀逸であった。
だが、そこに至るまでの「動き出しの質」が欠けていては、ヘディングを実行するにも至らなかったことも忘れてはならない事実だ。
「クロスボールへの対応は高身長が有利だ」
それもたしかに疑いようのない真実と言える。
「日本人FWが世界中に存在する高身長DFを相手にするのは難しく、なかなかクロスボールからはゴールを奪えない」
その見識も間違っているとは言えないだろう。
だが、興梠の真骨頂を紐解けば、その凝り固まった考えは、かなり揉みほぐされるのではないだろうか。
※画像は『DAZN』の許諾を得て使用しています