「愛人になれ」記者への議員セクハラ疑惑、おとがめないロシア

By 太田清

セクハラ疑惑を伝えるBBCロシア語サービス。フェイスブックから

 テレビ局の記者へのセクハラ疑惑が週刊誌で報道されたことで、財務省の福田淳一事務次官が辞任に追い込まれ、麻生太郎財務相の任命責任を問う声も高まるなど政権を揺るがす事態となっている日本だが、ロシアでも同様に、女性記者に対する有力議員のセクハラが大きなスキャンダルに発展している。しかし日本と違い、議員の辞任を求める声は議会内やプーチン大統領周辺でも少なく、当の議員が辞める様子は全くない。

 疑惑の渦中にあるのはレオニード・スルツキー下院議員(50)で、「日本に原爆を落とせ」といった過激な発言で知られるジリノフスキー氏が党首を務める極右民族主義政党「自由民主党」メンバー。現在は下院外交委員長の要職を占める。

 英BBC放送のロシア語サービスやニュースサイト「ガゼータ・ルー」などによると、スルツキー議員へのセクハラ疑惑が公になったのは今年2月。独立系テレビ局「ドシチ」が匿名の女性記者のセクハラ被害の訴えを報道。その後、「Me too」(私も被害者)とばかりに次々と被害の報告が相次いだ。うち一人の、BBCロシア語サービスの記者ファリダ・ルスタモワさんはスルツキー議員のセクハラ発言を録音した上で、その内容を番組で明らかにした。

 ▽ショック

 ルスタモワさんによると、昨年3月、フランス大統領候補だった国民戦線のマリーヌ・ルペン氏のロシア訪問についてのコメントを取るため、スルツキー議員の事務所を訪れたところ、スルツキー議員は「可愛い子ちゃん、BBCをやめないか。俺がどこかに連れてってやる。俺とキスをしたくないんだな」などと切り出した。「私には恋人がいます」と答えたルスタモワさんに「別れろ。(もし別れないなら)俺の愛人になれ」などと会話は続く。そのうち、ルスタモワさんの体をさわる行為にまで及んだことから、ルスタモワさんは「大きなショック」を受けたという。

 スルツキー議員に抗議し、事務所を後にしたルスタモワさんは事のてん末をBBCの上司に報告。BBC側はルスタモワさんを保護し、その希望を優先する方針を決めた。ロシアにはセクハラの責任を直接的に問う法律はないことなどから、ルスタモワさんは警察への届け出は考えもしなかった。議会上層部に訴えたり、声明を発表したりして糾弾する方法もあったが「自分一人で闘うのは恐ろしく、ロシアには(セクハラの)被害者を逆に批判する風潮もある」ことから、決断できなかった。何より「事務所で大声をあげたり、議員をぶったり、物を投げつけなかったりできなかった」自分が情けなかったという。

 結局、ルスタモワさんは1年後に実名でセクハラ体験を明らかにしたが、同様に「キスを迫られた」「事務所に閉じ込められた」「体を触られた」などの被害報告が続出。スルツキー議員はいずれも「政敵によるでっちあげ」「挑発行為」と完全に否定し、逆に名誉棄損罪で訴えると警告した。ジリノフスキー氏ら自由民主党の同僚議員のほか、ウォロジン下院議長らもスルツキー議員の擁護に回った。自由民主党がプーチン政権の主要政策を支持する〝準与党〟であることも影響しているものとみられる。改革派の大統領選候補だったテレビ司会者のクセーニャ・サプチャクさんらが議会前で抗議活動を展開したが、議会内で女性記者らの主張を聞き入れたのは女性議員のオクサナ・プーシキナさんら少数だ。

 ▽売春婦

 BBCロシア語サービスによると、プーチン大統領のスポークスマンであるペスコフ大統領報道官も「セクハラを受けたのなら、なぜすぐ警察に訴え出なかったのか。なぜ、ずいぶん時間がたって、議会の倫理委員会に訴えるのか」とした上で、今回のセクハラのケースは、ハリウッドの映画プロデューサーと関係を持ち、巨額の出演料を得ながら後からセクハラ被害があったと主張する「売春婦」とも呼べる米国の映画スターを思い起こさせるとも論評した。

 セクハラ被害の主張を受け、疑惑を審理した下院の倫理委員会は3月21日、セクハラ行為はなかったと判断。これに対し、ロシアの20以上のメディアが今後は、スルツキー議員や議会の取材をやめる「ボイコット」を宣言するなど抗議の意思を示している。

 ニュースサイト「レンタ・ルー」によると、世界銀行が毎年発表している女性の法的権利保護に関するレポートでは、ロシアは女性への暴力やハラスメントに対する保護の面で、イランやウズベキスタンと並び最も遅れた国の一つで、職場でのセクハラや家庭内暴力に関する法律がなく、こうした行為から女性を保護する民法上の手段なども保障されていない。 (共同通信=太田清)

© 一般社団法人共同通信社