米朝会談、日本の「悪夢」

By 太田清

4月27日、ブリュッセルでの北大西洋条約機構(NATO)外相理事会後に記者会見するポンペオ米国務長官(AP=共同)

 史上初の米朝首脳会談の準備が進んでいる。トランプ米大統領は成果が見込める見通しが立たなければ、会談そのものが行われない可能性について言及。会談を巡る動きは、なお流動的だが、米国の一部メディアが会談場所について、モンゴルとシンガポールの2カ所が検討されシンガポールが有力になりつつあると報じ、トランプ氏自身も板門店の非武装地帯(DMZ)の可能性をほのめかす(「聞いてみただけ」だそうだが)など、6月上旬の開催を目指して、双方の外交当局が調整を進めているのは間違いない。

 首脳会談が行われた場合、想定しうる日本にとって最も望ましくないシナリオは何だろうか。会談が物別れ(あるいは開催さえされず)に終わり、米国が北朝鮮への軍事行動に踏み切れば近隣国であり、国内にアジア最大の米軍兵力を抱える日本に予測不能な大きな被害が及ぶ危険があることは疑う余地がない。さりとて、会談で米朝間の合意がまとまったとしても、米国だけ安全となり、日韓など周辺国への脅威が残るような条件は日本にとって決して受け入れられないものだろう。

 フロリダ州パームビーチで4月17日、トランプ大統領と会談した安倍晋三首相は、北朝鮮の核・ミサイル開発に絡み、米国まで届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)だけでなく、日本を射程に収める中・短距離ミサイルも廃棄すべきだとの考えを伝えた。安倍首相はその後、衆院予算委員会の場で、会談で中・短距離ミサイル廃棄も目指す考えで一致したと強調した。「日米首脳」間で一致したことは間違いないだろうが、「米朝首脳」間でも本当にその通りに事が運ぶのだろうか。

 議会承認を経て26日に国務長官に就任したポンペオ前中央情報局(CIA)長官は、12日の上院の指名承認公聴会で、米朝会談の目的について聞かれ「米国を核の脅威にさらす北朝鮮の試みを、完全かつ検証可能な形でやめさせる合意」を達成することだと主張。さらに「日本や韓国など地域の同盟国に戦略的抑止力を提供し続ける」必要性を指摘しながらも「会談の目的は米国への脅威に対処することだ」述べ、米国の安全保障が最優先との立場を強調した。中・短距離ミサイルの問題を棚上げにして、「お手軽なICBMでの取引」(ロイター通信)で決着するのではとの懸念が強まった。

 もともとトランプ大統領は大統領選の際から「米国第一主義」を掲げ、当選後は環太平洋連携協定(TPP)離脱、鉄鋼・アルミニウムの輸入制限発動、地球温暖化対策の新枠組み「パリ協定」離脱宣言など、「自国の利益」のためには国際的枠組みや同盟国との関係を無視する政策を強行してきた。金正恩朝鮮労働党委員長との直接会談についても「話し合いのための話し合いは意味がない」(安倍首相)として、今は「最大限の圧力」をかける時との立場でトランプ大統領と一致していた(と考えていた)日本政府にとって、たとえ事前に知らされていたにしても、足元をすくわれたような決定だった。

 日本にとり、もう一つの大きな懸案事項である「日本人拉致問題」も、トランプ大統領は米朝会談での提起を約束したが、米メディアではアジェンダ(協議事項)としては核・ミサイル開発問題が圧倒的に最優先で、拉致問題はその後という論調が大半だ。米国としては、北朝鮮で拘束されている「米国人」3人の解放の問題も残っている。

 ICBMの弾頭を大気圏に再突入させる技術は未完成との見方が多いが、にもかかわらず、北朝鮮がミサイル発射実験凍結を表明したのも、ICBM開発中止で米国と手を打つ意向の表れではと勘ぐってしまう。米朝がICBM廃棄だけで合意すれば、大量破壊兵器を日本に運搬可能な北朝鮮の中・短距離ミサイルの存在が米国の黙認の元、なかば合法化してしまう。そんな「悪夢」だけはぜひとも避けてほしいと願いたいが、悲しいながら、米国に働きかける以外に、日本としてできることは限られているように思える。 (共同通信=太田清)

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