趣残る町並みで、古民家に暮らす冒険を 「U30のコンパス+」移住の先に(4)函館前編

築110年の土蔵に一目ぼれし、自ら改装作業をする移住希望の男性(左)=北海道函館市

 北海道函館市の「西部地区」は、明治から昭和初めの建物が趣を残す旧市街地だ。「蔵を住居にしてみたい」。町並みに溶け込む、築110年の土蔵に一目ぼれした男性から、建築家富樫雅行(とがし・まさゆき)さん(38)に依頼が舞い込んだ。「最近、古民家を衝動買いした人からのレスキューが増えてますね」

 蔵の内側のしっくい壁の大半が崩落していたが、柱やはりは立派に残っている。富樫さんは解体作業で出てきた木材や、地域住民から譲り受けた廃材を見つめ、どう生かすかイメージを膨らませた。別の蔵で発掘されたという巨大扉は「トイレのドアにするんです」といたずら気味に笑う。

建築家の富樫雅行さんと自宅兼事務所。和洋折衷の古民家を改築、その過程もブログで公開している=北海道函館市

 愛媛県生まれ、千葉県育ち。大学4年間は北海道旭川市で過ごした。

「東京のビル群は墓場に見えた」

 都会暮らしになじめず、自然との距離が近い北海道での暮らしを求めた。中でも旅で訪れた西部地区は、海を望む函館山のふもとに住宅が広がり、教会の鐘や汽笛の音が響く町並み。地区に魅入られ、卒業後は函館の大手設計事務所に就職した。

 しかし、仕事のメインは公共建築など大規模なもの。「お客さんの顔が見える建築に携わりたい」と半年で辞めた。無給で良いからと、好きな建築家に弟子入りを懇願。修業を積んだのち、2012年に念願の独立を果たした。西部地区に事務所兼自宅をかまえ、古民家の復元やリノベーションに取り組んでいる。

 「先代が重ねてきた暮らしの痕跡を残すこと」がポリシー。既存の材料をカタログから選ぶのではなく、解体中に出てきた木材などを職人と一緒に見極め、木の曲がり方まで考慮して使い方を決める。

 畳の下から出てきた板は、木目を生かすためにあえてヤスリで磨き、床に利用。「床が古いのにくぎが新品なのは不自然」と、抜いたくぎをまっすぐに伸ばして再び打ち付けた。

 ただ、古民家を残そうと働きかけてみても、地区は高齢化が進み、空き家は増える一方。幕末に国際貿易港として開港した街のにぎわいをしのばせる建物が、壊されるようにもなってきた。

 「解体のスピードに追いつけない。急がないと、函館でなくても見える景色になってしまう」

 思いを共有したのが、同地区の宅地建物取引士の蒲生寛之(がもう・ひろゆき)さん(34)とパン店の苧坂淳(うさか・じゅん)さん(34)だった。

富樫雅行さんと思いを共有し、町並み保存や移住者支援に取り組む宅地建物取引士の蒲生寛之さん

 古民家に興味を持つ移住希望者自体は増えてきている。ならば、空き家を活用して人を呼び込めないか。その思いから、蒲生さんが代表になり、15年に「箱バル不動産」を結成した。スペインの街角に見立て、はしご酒を楽しむ函館のイベント「バル街」にちなんだ。古い建物の「箱」を再生し、はしごのようにつながっていってほしい、との思いを込めた。まずは移住検討者向けに、短期間の体験企画を実施した。「路地暮らし」「海街暮らし」とテーマに沿った家を準備した。

 だが期間が限られ、地域住民との交流は乏しい。あいさつを交わす程度で、どんな生活をしているのかもよく分からない。仕事が壁となって諦める人もおり、なかなか移住に結びつかなかった。古い建物を守り、仕事や暮らしが営まれてコミュニティーが育つことが目的なのに、移住希望者を受け入れるだけでは目指すところには近づけない。受け入れにとって一番の課題となる仕事探しのサポートまで手が回らなかった。移住を迷っている人の背中を押すことの難しさも痛感した。

 移住者の枠を設け、期間を定めて「ぜひ来てください」。メンバーたちができることに限りがあるのに、そのやり方だとだめなんじゃないか。受け皿を設けることで、逆にハードルが高くなっていないか。移住支援のあり方に悩んでいた。

 函館を気軽に訪れ、その暮らしを感じてもらい、自然と希望者が寄ってくるような仕掛けを作りたい。地域の住民もふらっと立ち寄れるような…。(後編に続く、共同=折原恵理25歳)

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