本当の移住支援とは? ゲストハウスで仕掛け 「U30のコンパス+」第1部(4)函館後編

旧餅屋を改修した花屋から、外の町並みを眺めている建築家の富樫雅行さん

 「旅人に移住予備軍がたくさんいる」。人数や期間に限りがある移住体験の欠点を感じるようになった建築家富樫雅行(とがし・まさゆき)さん(38)や宅地建物取引士蒲生寛之(がもう・ひろゆき)さん(34)ら「箱バル不動産」(北海道函館市)のメンバーたちが、次に考えたのはゲストハウスだった。

 昨年12月、大正時代につくられた旧生命保険会社の建物を改装し、アメリカンレストランやキャンドルショップが入る複合商業施設「大三坂(だいさんざか)ビルヂング」としてオープン。「町全体を暮らすように楽しんでもらう」ことを目指し、ゲストハウスを併設した。

 外から来た人と住民との交流がなければ、本当の意味で町の再生にはならない。ビルの改修には地域の人も巻き込むため、約100人のサポーターを集めた。道産ホタテガイ入りのしっくいで塗った壁は、手作業の跡が残り、あたたかみがある。

「箱バル不動産」主催のまき割りイベント後、ゲストハウスでくつろぐ住民ら=北海道函館市(同不動産提供)

 ゲストハウスでは地元住民を雇用した。「ガイドブックには載っていないスポットが良いんだけど?」という通な要望はお任せあれ。友達におすすめする感覚で、近くの銭湯や老舗の商店、見晴らしのいい隠れスポットなど、とっておきのルートを提案する。

 蒲生さんは「西部地区には小さな商店が点在し、温かい人付き合いも残っている。そんな暮らしに足を一歩踏み入れ、移住の糸口にしてくれれば」と期待する。

西部地区の町並み

 住民との交流を図るため、移住者によるトークイベントも開催した。1回目のゲストは、東京都から移住し、西部地区で古民家カフェを開業した山田伸広(やまだ・のぶひろ)さん(44)。

 「どの時間帯にどういうお客さんが来るのか、店の前で通行人を数えてみたけど、1時間にたった2人ですよ。都会のマーケティングは通用しないと思いましたね」。

 山田さんが開業当初の苦労を語ると、参加した住民から質問が相次いだ。なかには「パフェは独学で?私も店を開きたいんです」という若者の声も。新しい人や取り組みが連鎖する、そんな瞬間を垣間見た気がした。

 「自分たちが楽しいと思える町でないと、魅力的には映らない」と蒲生さん。地元の講師を招き、宿に設置したストーブに用いるまきを割るイベントや、みそを自作するユニークな合宿なども企画した。

 これまで、富樫さんらはゲストハウスの他に、解体寸前だった旧歯科医院をカフェに改装したり、築80年以上の餅屋を花屋に生まれ変わらせたりした。古民家の活用事例を増やし、箱バル不動産の活動も知られるようになった。だが、街を残そうという取り組みはまだ道半ばだ。

花屋の天井からつるされたドライフラワー。壁際のほうに見える棚は餅屋時代から使っていたもの

 移住者に住んでもらう古民家の再生には、時間も手間も新築の何倍もかかる。工事を始めないと状態が分からず、事前の見積もりも難しい。バブル時代に高く買い付けた土地を所有者が手放したがらず、交渉に1年を費やしたことも。そもそも相続人さえ不明なケースもある。

 それでも富樫さんは「近所の人から物を譲ってもらったり、誰かが手伝ってくれたり、出会いが積み重なって古民家が再生される」。広く興味を持ってもらおうと、築83年の和洋折衷の古民家だった自宅兼事務所を改築する過程もブログで公開している。工事を始めてから6年以上経過したが、ガウディのサグラダ・ファミリア教会さながら、現在進行形だという。

 東京都から夫婦で移住した浜田(はまだ)いずみさん(54)は、富樫さんのリノベーションハウスに惹かれた1人だ。自身も路地裏の長屋を改装してドーナツ店を開業した。棚をよく見ると、昔は化粧品の陳列棚だったのか、「資生堂」の文字が。内装はすべてもらい物で完成させたという。「改修の際は地域のつながりに助けられ、それでコミュニティーに溶け込めた。マンション暮らしでは決して味わえない」

 富樫さんは、この地区に、唯一無二の「箱」が眠っていると考えている。「良さを生かそうとする人が増えれば、函館はまた面白い街になる」。そう信じている。(共同=折原恵理25歳)

 

© 一般社団法人共同通信社