神奈川県立鶴見養護学校(横浜市鶴見区)の生徒たちが手掛けたアートが、にわかに脚光を浴びている。大手企業が展開する書籍の表紙や消臭剤のパッケージに相次いで採用。今春から店頭に並んだ。企業側からは「プロのデザイナーに引けを取らない」と高評価を得ており、障害者の社会進出の新たなモデルとなりそうだ。
出版大手の集英社(東京都千代田区)から刊行されたフランス文学の単行本。カバーを描いたのは同校3年で、重度の自閉症と知的障害がある男子生徒(17)だ。どこか人の顔を思わせるが、誰かが与えたテーマではない。コンセプトは分からない。
「単語もせいぜい2個分ぐらいしか話せない。でも頭の中では絶え間なくいろんなことを考えている。喜怒哀楽が込められた絵なのかな」。生徒の母親はほほ笑む。同社ではシリアスな展開のサスペンス小説にマッチしていると好評だったという。
同校の作品が注目されるきっかけをつくったのは、障害者と各分野の専門家をつなぎ商品展開を行う「クロス・カンパニー」(同世田谷区)。スポーツ関連商品や化粧品を手掛けるファイテン(京都市)が発売した、イグサを使った消臭剤のパッケージデザインは、授業で生徒たちが描いたものだった。
イグサを絵筆に変え、点描したり、大胆に色を塗り重ねたり。「何か物を作るという意識すらないかもしれない。それでも、デザインを勉強してきた学生が一生懸命アイデアを出すようなことをいともたやすくやってしまう」。クロス・カンパニー取締役で、デザイナーでもある久世迅さんは舌を巻く。生き生きとした筆致は自由な発想のたまものだった。
クライアントには生徒が描いたものであることをあえて伏せ、選定に委ねた。「私たちにとってはあり得ないことが実現しちゃった。障害の有無を関係なしに選んでくれた」とは、同校の前校長で、県立岩戸養護学校(横須賀市)の藤本武校長。ただ、慈善事業として成立させて終わりではない。
「セレクションが終わった後に『実はこれは…』という話をすると皆さん驚く。驚きがイコール感動になる。デザイン業界の激しい競争環境の中で戦っていけるというのを彼ら(クライアント)が認識する」と久世さん。市場価値を見いだす先に見据えるのは新たな就労支援の形だ。ニーズに合った商品を提案し、対価を得る。今後はデザインだけではなく、食やスポーツの分野などにも広げていきたいという。
わが子が描いた表紙が、大型書店に平積みされた光景に感激したという母は言った。「うちの子は生きるのに精いっぱいだけど、こうしたすてきなつながりをきっかけに、思いがけない生きがいを感じる子も出てくると思う。ぜひ広げていってもらいたい」