「サッカーコラム」セットプレーでの失点に寛容すぎる川崎 その弱点を見逃さなかったFC東京

川崎―FC東京 前半、先制ゴールを決めガッツポーズのFC東京・橋本(18)=等々力

 おそらく、こういった感覚は日本独特なのだろう。試合に敗れた後に監督や選手が口にするコメントで、よく理解できないものがある。それは「流れの中では守備は崩されなかった」というフレーズだ。

 このフレーズをぼんやり聞いていると、悪い印象を受けない。「守備は崩されなかった」という言葉に引きずられるからだろう。しかし、このフレーズが発せられるのは敗戦後だ。彼らが「セットプレーからの失点」は「流れの中からの失点」より価値が低いと考えていることが伝わってくる。だが、スコアボードに示される「1」という数字に「セットプレー」と「流れの中から」という注釈がつくわけではない。そう、失点は失点なのだ。

 中村俊輔、遠藤保仁、本田圭佑。われわれは、これらスペシャリストが見せるFKからのゴールが大好きだ。その割には、セットプレーからの失点に淡泊すぎるのではないだろうか。

 確かに、美しいパスの交換から相手の守備を崩して生まれるゴールは見ていて楽しい。だが、現代サッカーにおいては総得点の3割近くがセットプレーを起点としている。オシム監督から岡田武史監督に受け継がれた、2010年ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会につながる日本代表。そのチームには前出の3人がいたこともあって、実に4割以上の得点がFKを起点に生まれた。それを考えれば、サッカーの勝敗を左右する要素のなかでセットプレーが占める比率は、攻守にわたってかなり高い。

 5月5日に行われたJ1第13節川崎対FC東京。4位と2位、ともに上位につける両チームが激突する今季初の「多摩川クラシコ」はFKの有効性をより認識したチームが勝利した試合だった。

 データだけを見れば、川崎が圧倒した試合に思えるだろう。ボール支配率はFC東京の37パーセントに対し63パーセント。シュート数も相手の6本に対し、倍近い11本を放っている。しかし、結果はクラシコのために多摩川を渡ってきたFC東京が2―0の完勝。よりリアリズムを追求したチームが、勝利を収める結果になった。

 FC東京・長谷川健太監督の読み勝ちだった。押し込まれながらも守備には自信がある。競り合った試合で勝敗を分けるのはFKと予想した。そのなかで「セットプレーの8割はキックの精度だといわれますが、川崎が9失点のうち6失点がセットプレーからの失点だったので」と、2試合ぶりに太田宏介を先発で起用。結果として、左足にスペシャルなキックを秘める男が試合を決めることとなった。

 優れたキッカーの能力を生かすには、危険地帯でファウルをもらえる選手が不可欠だ。この試合で得点につながる2本のFKを得たのはディエゴオリベイラだ。前半14分は右、後半24分は左とサイドは違ったが、良い位置でチャンスを獲得。このチャンスに「1本に集中して蹴ることができた」と振り返った太田が放ったFKがまた、絶妙だった。

 川崎のDFラインの壁を越えて落ち、GKとの中間のスペースへ送られたラストパス。そこに1点目は橋本拳人、2点目は森重真人がフリーで走り込み、やすやすとボールをミートした。川崎GK新井章太にとっては、まことに気の毒な状況。ノーチャンスだった。

 FC東京のFKは考え抜かれていた。川崎のFKに対する守備は1列に最終ラインをそろえたゾーンで、特定のマークはつかない。そのDFラインの動きを抑える選手が1列目にいて、得点を狙う選手が後方から走り込む。しかも、キッカーとなる太田のボールまでの助走距離を考慮し、2列目の選手は川崎の最終ラインまで同じ間隔を開け、太田と同時に走りだす。だから、オフサイドにはならない。

 川崎DF奈良竜樹は失点場面について「2点とも同じ形でやられた。なぜ、あんなに相手がフリーになるのかわからない」といっていたが、その「なぜ」をFC東京側は、見透かしていた。1列目はオトリで、点を狙うのは2列目。味方が作った隙間を後方から走り込めば、ゴール前でフリーになるのだ。

 これで、川崎はリーグ戦で喫した11失点のうち8点をFK絡みで失っている。弱点というものは、守る側からすると気づかないが、攻める立場に立つとわかる場合もある。視点を変えることは大事だ。

 FKの際、川崎とほぼ同じ守り方をするチームがある、2年前まで川崎を率いていた風間八宏監督が指揮を執る名古屋だ。その名古屋と対戦した今季第4節、川崎はFKから大久保嘉人がヘディングで決勝点を挙げ1―0で勝利を収めている。この日のFC東京の得点とまったく同じ形からだ。

 そのときキッカーを務めた中村憲剛は、こう話している。「風間さんがうちでもやっていた守り方だから、どうすればチャンスになるかわかる」と。その視点を反転させて守備に当てはめれば、川崎が抱える守備システムの弱点はカバーできるはず。そう考えるのは短絡的すぎるのだろうか。

 とにもかくにも日本人は、セットプレーの失点に寛容すぎる。どんな形でも1点は1点。あと1カ月後にロシアでそういう戦いが始まるのだから、ここは考えを改めた方がいい。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続。

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