病院被災、手術乗り越え入園 重い心臓病の3歳児

©株式会社熊本日日新聞社

イチョウ並木の下を登園する向井さん親子。右から長女絢音ちゃん、次女七海ちゃん。左は母の美奈子さんと長男健人ちゃん=熊本市北区

 生まれつき重い心臓病を抱える向井七海ちゃん(3)=熊本市北区=が今春、幼稚園に入園した。2016年4月の熊本地震では「命のとりで」だった熊本市民病院が被災。昨秋には3度目の心臓手術を耐え抜いた。小さな体で大きな困難をいくつも乗り越えてきた七海ちゃんは、自分の足で一歩ずつ前に進み始めている。

 4月下旬。若葉が茂るイチョウの並木道に、武蔵ケ丘幼稚園へ通う七海ちゃんの姿があった。

 まだゆっくりした歩調に合わせ、姉の絢音ちゃん(6)が優しく手を引く。「いろんなことを経験した娘の精神は強い」と母の美奈子さん(32)。娘の登園する姿を優しく見つめた。

      ◇     ◇

 病気が分かったのは14年5月。美奈子さんは妊娠8カ月目だった。妊婦健診で、「今すぐ市民病院へ行ってください」と告げられた。当時は乳幼児の心臓を診る県内唯一の施設。心臓の左心室がなく、全身に十分な血液を送ることができない「右心室型単心室症」と診断された。

 同年7月、医師から「呼吸できるか保証はない」と言われたが、七海ちゃんは産声を上げ、美奈子さんを安心させた。ただ胸に抱く間もなく、新生児集中治療室(NICU)へ。小さな鼻や手足には、たくさんのチューブがつながれた。

 1人で退院した美奈子さんは、実家でおっぱいを絞り、毎日病院へ運んだ。NICUは一般の産婦人科の奥。「廊下で健康そうな親子を見るのがつらかった」と振り返る。七海ちゃんは生後2カ月で退院。ただ、半年後には酸素チューブが必要になり、風邪をひくたびに入院した。手術できる年齢を待って2回メスを入れた直後、地震が襲う。

      ◇     ◇

 本震の夜。自宅が停電し、酸素を送る機械が止まった。電気が不要の携帯用ボンベは8時間分しかない。父の秀幸さん(32)は県外出張中。美奈子さんは幼い娘2人を連れて避難所に向かったが、水もシートもなかった。

 幸い電気が数時間で復旧。自宅に戻り、家族3人で身を寄せ合いながら激しい余震に耐えた。まもなくテレビで流れた「市民病院、倒壊の恐れ」のニュースに、また頭が真っ白になった。不安を打ち消してくれたのは病院スタッフだった。4月末には主治医が往診に訪れ、「何かあったら携帯に連絡して」と伝えてくれた。「心強かった。病院には感謝しかない」と話す。

 昨秋、3回目の手術を福岡市の病院で受けた七海ちゃん。順調に回復し、今年3月には鼻の酸素チューブが不要になり、入園を果たした。ただ、ほかの子に比べ体がひと回り小さく、筋力も弱い。けがや病気にも気が抜けない。それでも友だちと机を並べる日々。地震後には弟の健人ちゃん(1)が生まれ、お姉ちゃんにもなった。

 「市民病院の再建はまだ先で、合併症の不安もある。でもこれからも家族で娘を支える」。美奈子さんは娘の生命力を信じて、前を向く。(文化生活部・林田賢一郎)

(2018年5月14日付 熊本日日新聞朝刊掲載)

以下の「同意する」ボタンを押すことで、またはこのページ内のリンクをクリックすることで、ノアドット株式会社が別途「プライバシーポリシー」に定める「アクセスデータ」を取得し、利用することを含む「nor.利用規約」に同意することになります。お客様は、プライバシーポリシー記載の所定の手続きにより、アクセスデータを管理できます。