【第15話】『ハッピーエンドを探して』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜/坂内 秀洋

8日目。

気が付けば、旅に出てからもう1週間以上が経過していた。

道や土地、持ち物から歩き方、何も知らずに始めたこの旅。

神奈川県の相模湖駅から出発し、

ここ、長野県の安曇野市まで、

たった独りで歩いて来た。

歩道の無い道やトンネル、台風、真っ暗な夜道、

ちぎれそうな足の痛み、孤独、寂しさ、不安、焦り、憤り…

これまでに怖い思いや辛い思いもたくさんしてきた。

でも一度も、この旅をやめたいとは思わなかった。

この旅を諦めようとは思わなかった。

僕にそう思わせてくれたのは、

常に変わっていく景色、新しい経験や出逢い、

知らなかった事実、気付き、初めて味わう様々な感情だった。

すべてが新鮮だった。

すべてが新しかった。

僕は、自分が知らない世界(感情)をもっと見て(感じて)みたいと思った。

そして、ずっと見続けて(感じ続けて)いたいと思った。

26年間生きてきて、こんなに必死に、

一所懸命に毎日を生きたのは初めてかもしれない。

「これくらいでいいや。」

と、僕はいつもある程度のところで満足してきた。

「これくらいやったら十分でしょ?」

と、いつも諦める理由を探してきた。

でも、今は違う。

「まだやれる!」

「絶対に負けない!」

「絶対に諦めない!」

「絶対にやり遂げてやる!」

「絶対に僕は変わるんだ!」

と、周りの心配を意図もせず、

「必ずゴールへ辿り着いてやる!」

という強い意志を持っていた。

「毎日がスタートで、毎日がゴール」

僕は歩いている。

朝、出発した所と、

夜、辿り着いた所は毎日違う。

毎日、いや、一分一秒、時と共に確実に前へ進んでいる。

一瞬たりとも同じ時間というものは存在していない。

こんな当たり前のことを、会社勤めや、

家に引きこもっていた時は全く気が付かなった。

「毎日同じことの繰り返し」

そう思っていた。

毎日同じ場所で、同じことをしている。

そして、これからもしていくと思っていた。

確かに、家を出て、仕事をして、

また家に帰るということの繰り返しかもしれない。

でも、たった一つだけ常に変わっていくものがある。

それは…

「感情」

感情の種類は、喜怒哀楽だけではない。

「喜」の中にも、

「怒」の中にも、

「哀」の中にも、

「楽」の中にも、

数え切れない種類がある。

これ以外にも、

「嬉しい」「悲しい」だって、

「不安」「辛い」「苦しい」だって、

「気持ち良い」「知りたい」「やってみたい」だって、

すべてが感情で、

その中にも想像を遥かに超える数え切れないほどの種類がある。

それは出来事や環境、タイミング、五感で感じたものすべてが

複雑に重なりあって生まれる。

一瞬たりとも全く同じ感情というものはないんだ。

常に初めての感情で、常に初めての経験。

常に新しいものを感じ続けている。

たとえ同じ場所にいても、同じことをしていても、

本当は毎日が初めてのことばかりなんだ。

誰でも、どんなものでも、

常に変化し続けていて、常に前へ進んでいる。

前へ進むとは、物理的なことじゃない。

「感情の変化」なんだ。

新しい感情を生み続ける。

そして、感じ続ける。

朝起きてから、夜眠るまで。

「毎日がスタートで、毎日がゴール」

なんだ。

丸一週間歩き続けて、こんなことを思った。

そしてまた、新しい一日が始まる。

新しいスタートだ!

昨日の雨でビショビショになった荷物は、

寝袋だけはまだ少し湿っていたが、

それ以外は水たまりに浸かり続けていた靴だってちゃんと乾いている。

このままのペースで行けば、おそらくあと4日ほどで日本海へ辿り着くはずだ。

「今日は、信濃大町まで出よう。」

その次の日は白馬。

その先は長野と新潟の県境。

そして、日本海へ。

白馬から先は完全に山の中になるだろう。

泊まる宿はほとんどない。

それでも、きっと何とかなる。

いや、何とかする。

今までだって、そうしてきたんだ。

「大丈夫!」

「僕は大丈夫!」

チェックアウトの手続きをした。

「ゆっくりお休みになれましたか?」

フロントのお姉さんは今日も優しい。

「はい!本当に助かりました。ありがとうございます!」

そして僕は、こう訪ねた。

「白馬の方って宿が少なくなりますよね…?」

フロントのお姉さんはこう答えた。

「そうですね…。」
あまりよく知らないので何とも言えませんが、少なくなると思います。」

やはり田舎になればなるほど、観光地でない限り、宿は少なくなる。

きっとこの先の3、4日が山場だ。

「そうですよね!ありがとうございます!」

僕はお礼を言って、チェックアウトを済ませた。

「この先の宿、どうすっかなぁ…」

なんて思いながら、喫煙ルームで一服をしていた。

「ガチャ…」

喫煙ルームの扉が開いた。

それはフロントのお姉さんだった。

「これ、よかったら使ってください!」

そう言って、数枚に渡って印刷されたA4用紙を僕に渡した。

それは、白馬周辺の宿泊施設の一覧だった。

わざわざインターネットで調べて印刷してくれたらしい。

こんなことってあるだろうか?

ここより先にルートインは無い。

自分の利益に全く関係のない宿を調べて、

使ってくださいと渡してくれる。

本当に信じられないことだ!

僕は、モーレツに感激した。

「ありがとうございます!!」
「本当に助かります!!!」

素敵なフロントのお姉さんに精一杯の感謝を伝えた。

失恋中じゃなかったら、完全に恋に落ちてしまうレベルに胸を打たれた。

「いってらっしゃい!」

「お気を付けてくださいね!」

明るい笑顔のお姉さんの声に、めちゃくちゃ元気が出た!

「ありがとうございます!」
「いってきます!!」

僕も万遍の笑みでお別れをした。

癒しだ!!!!

自然の一部に…

昨日の天気予報では、台風が来ると言っていた。

しかし、昨日の雨が嘘のように、今日の天気は晴れ!

やはり天気までもが僕に味方をしてくれている。

僕は、背中を押してもらっている気がした。

「前へ進め!」

自然が、地球が、宇宙がそう言っている気がした。

「今日も自然の一部になろう!」

ここは長野県安曇野市。

the 田舎だ!

空が広い!

日差しを浴びた川、

昨日の雨で田んぼに出来た水たまり、

至る所に咲いている色とりどりの草花、

それと戯れる蝶々。

そのすべてが輝いて見えた。

「みんな生きている」

同じ地球で、同じ空気を吸い、生きている。

個体は違うが、同じ命だ。

宇宙が創り出した同じ命。

言わば、山も川も木も土も草も花も動物達も宇宙の子どもなんだ。

大自然の中を歩きながら僕は思った。

「なぜ僕は生きているのか?」

「なぜ僕を創ったのか?」

すべての自然には意味がある。

空、雲、海、風、山、川、土、石、植物、虫、魚、動物…

みんなそれぞれ存在していることに、かけがえのない意味がある。

空は海になれないし、植物は動物になろうともしない。

それぞれの役割があり、それぞれが支え合って自然が成り立っている。

同じ宇宙が創ったのなら、僕にだって存在している意味があるはずだ。

かけがえのない僕だけの存在する意味があるはずだ。

でも、その意味はまだ分からなかった…。

ただ、一つだけ分かったことがある。

「僕にしか出来ないことが必ずあるはずだ!」

ということ。

僕が在る意味…

この旅をしようと思った時、

僕は、

「生きている意味なんてない。」

と思っていた。

だから、死にたいと思った。

周りの人は当たり前のように、

毎日仕事に行き、

嫌なことにも耐え、

理不尽なことも我慢し、

それでも生きている。

しかし、僕にはそれが出来なかった。

世間一般が、そして僕自身が思う、

「当たり前のこと」

が出来なかった。

だから僕は、

「周りより劣っている」

「出来損ない」

「ダメな人間」

だと思った。

こんな奴は生きていても意味が無いと思った。

それでも、周りに認めてもらうために必死だった。

「強くならなきゃ…」

そう思って、僕の弱っちい限界をぶち壊すためにこの旅に出た。

でも僕はまだ、当たり前のことが出来ていない。

みんなが働いている間に、僕はこうして知らぬ土地を独り歩いている。

本来働いているべき時に、僕は旅をしている。

そういえば、旅をしようと思った時に決めたんだった。

「ずっと出来なかったことをやろう!」と。

仕事をしていたら、旅には出られていない。

適応障害と診断されていなければ、会社は休めていない。

婚約破棄にならなければ、独りの自由な時間は出来ていない。

うつ病にならなければ、旅をしようとも思わなかっただろう。

すべてを失わなければ、自然を見て美しいと感じ、

人の優しさに触れて、ここまで感激することもなかっただろう。

みんながやっている当たり前のことが出来ないのは事実だ。

でも、みんなが持っていない時間を僕は持っている。

みんなが出来ない旅をしている。

みんなが見たことのない景色を見て、

みんなが出逢ったことのない人に出逢い、

みんなが感じたことのない優しさに触れ、

みんなが考えもしないことをこうして考えている。

これはすべて、今まで辛いと思ってきたことがあったからこそだ。

婚約破棄だって、うつ病だって誰もが経験出来ることじゃない。

「僕は、僕にしか出来ないことをやっているじゃないか!」

そう思った。

そりゃ、辛いよ…。


婚約破棄だって、うつ病だって、経験したくなかったよ…。


でもさ、これらが無かったら、

経験出来なかったこと、

感じることが出来なかったことが、

この短期間で数えきれないほどあるんだよ。


僕が、今の僕じゃなきゃ出来なかったことがたくさんあるんだよ。


そんできっと、今の僕じゃなきゃ出来ないことだってあるんだ。

そう思えた。

「休職」

「婚約破棄」

「うつ病」

こいつらはすべて、僕の汚点でしかなかった。

「あってはならないこと」

「恥ずかしいこと」

だと思っていた。

でも今は…

こいつらのおかげで

今まで知らなかった経験を、

今まで感じたことのなかった感情を、

今まで気が付かなかった幸せを…

感じることが出来ている。

僕が存在する意味はまだ分からない。

でも、

僕が婚約破棄になり、うつ病になったのは、

きっとこの旅をさせるためだったのだろう。

なんとなくそう思えるようになった。

だったら、目一杯吸収しよう!

見るもの、聴くもの、感じるもの、すべてを吸収しよう!

僕にしか出来ないことなんだから。

僕の見せたい景色…

僕はイヤホンを外した。

自然の音を聴きたかった。

自然を全身で感じたかった。

今日の道は果てしなく真っ直ぐだ。

ずーっと先に山が見える。

「あの向こう側に日本海があるんだ。」

まだまだ全然ゴールなんて見えないが、

素晴らしい天気と、素晴らしい景色に気分は高鳴った。

どこを見渡しても誰一人いない。

この自然は僕のものだ!

そして、僕は歌った。

ONE OK ROCKのNobody’s Home。

Nobody’s home yeah


Nobody’s home yeah


何もかもを捨てて飛び出したあの日


思い出せば、僕の背中を


あの時も強く押してくれてたんだね

Nobody’s home yeah


Nobody’s home yeah


本当に迷惑ばかり掛けてきたから


いつか必ず 超えて必ず


僕の見せたい景色を見せるから

僕は両親を思い出した。

僕が旅に出ると言った時、

両親は一切僕を止めなかった。

「何かをやりたいって気になったのは良くなって来てるんじゃない?」

「やりたいようにやってみな!」

と言ってくれた。

でも本当は、やってみないと納得出来ない僕の性格を

知った上での諦めの混じった承諾だったのだと思う。

止めても、どうせ僕は旅に出るだろうから。

本心では、もの凄く心配をしていたんだと思う。

ちょくちょく連絡も来ていたし。

きっと生死の確認だったんだろう。

「日本海まで行く!」

と言った時、

本当は、

「自殺しに行く…」

と思ったに違いない。

それなのに、背中を押してくれた親。

必ず帰ってくると、僕を信頼してなのか、

ここで否定したら、もっと悪化すると思ったのか、

また違う理由なのか、

僕には分からない。

ただ今は…

「行かせてくれてありがとう!」

と思う。

この美しい景色や、起きた出来事、出逢った人、

この旅で僕が感じ取ったすべてを、

「両親に見せたい。」

と思った。

てるてる坊主の町

果てしなく続くこの道で、

誰一人に出逢うことなく、僕はこの大自然を満喫していた。

もうずいぶん歩いた。

「そろそろ何かの目印があってもいいんじゃないか?」

それくらいひたすら真っ直ぐな道を歩いてきた。

しばらくすると、向こうの方に建物が見える。

「何か駅っぽいな…」

そう思った。

前方から、おじいさんが歩いてくる。

僕は、あの建物が何なのか聞いてみることにした。

知らない人に話しかけるのは結構緊張する。

僕は元々全く人見知りはしない。

でも、うつ病になり、人が恐くなってから、

人と話すことにまだ恐怖心を持っていた。

共通点があれば、話すことは出来たが、

自分からキッカケを創るのは、かなり勇気のいることだった。

でも、

「やらなきゃ!」

僕にはリハビリが必要なんだ。

練習しなきゃ、強くなれない。

僕:「すみませーん。」

おじいさん:「えっ?」

おじいさんは驚いていた。

得体の知れない若者に、

いきなり声をかけられたんだから無理はない。

異文化コミュニケーションだ。

僕:「あれってなんですか?」

質問は簡潔に。

おじいさん:「あれ?あれは体育館だよ。」

僕:「体育館ですか?駅かと思いました。」

普通なら「そんな訳ないだろ…」的な苦笑いポイントだが、

「あれは中学校の体育館なんだよ!」

と教えてくれた。

とても穏やかなおじいさんだった。

「自分から話しかければ、良くしてくれるんだ…」

と思った。

おじいさんは、僕のことは何も聞かなかった。

ただ単に興味が無かっただけなのかもしれないが、

きっと気を使ってくれたんだと思った。

「おじいさん、ご親切にどうもありがとう!」

体育館の前を通り過ぎた。

小学校低学年くらいの小さな子ども達が下校している。

韮崎の保育園での出来事であったように、

幼い子どもは、実に正直だ。

だから、少しビビった。

また何を言われるか分からない。

でも、黄色い旗を持って道路を渡る姿を見て、微笑ましく思った。

この町は、池田町。

てるてる坊主発祥の町らしい。

どおりで今日は天気がいい訳だ!

僕がこの町を通るから、台風を吹っ飛ばしてくれたんだと思った。

「んな訳ない!」

と思うかもしれないが、

モノは考えようである。

自分が「そうだ!」と思えば、そうなのだ!

そして、県道51線に出た。

本来は、千国街道という糸魚川まで続く道のルートにしようと思っていたのだが、

googlemapではこの51号線のルートが最短距離だった。

今日のゴールの信濃大町までは、

この道をまたひたすらに真っ直ぐ進む。

天気が良く、調子が良かった僕は、

ほとんど休憩していなかった。

時刻は15時。

さすがに疲れた。

定休日らしきお店の前にベンチがあった。

信屋商店。

「ここで休ませてもらおう。」

僕は、ベンチに座り、休憩をした。

すると、店主らしきおじさんが現れた。

「やべっ!怒られるかも…」

僕は焦った。

しかし、もうすでに座って休んでいる。

すぐに立ち上がれるほど体力も残っていない。

「少し休ませてもらっていいですか?」

そう声をかけた。

「いいですよ♪」

本当に助かった。

休憩出来たことはもちろんだが、

快く受け入れたことに、感謝の気持ちが溢れた。

「おじさん、ありがとう!」

今日は天気もいいし、出逢う人もいい人だ。

池田町は、とても良い町だった。

水分補給をし、呼吸を整え、僕はまた歩き出した。

ついに、糸魚川の文字が標識に現れた。

糸魚川87km

大町  9km

「よっしゃ!!」

ゴールの糸魚川まで100kmを切っている。

このときの感動は大きかった。

8日目にして初めて、ゴールが目に見えるものとして現れた。

日本海なんてぶっ飛んだゴールを設定したが、

僕は本当に自分の足で辿り着こうとしている。

ゴールが一気に現実的になった。

この道を行けば、日本海だ!

僕はただひたすら前へ進んだ。

もう前へ進むことが当たり前になっていた。

道が分からなくても、どんなに足が痛くても、

どんなに疲れていても、ただ一歩ずつ、それを繰り返した。

歩くって不思議だ。

すべてを忘れさせてくれる。

悩みや不安、自分がうつ病であることも、

時間の流れさえも忘れさせてくれる。

ただ、今この瞬間を確かに生きていることを実感させてくれた。

県道51号線は、安曇野アートラインという舗装のされたきれいな道だった。

僕が歩いている左側には、豊かな田園風景が広がり、

道を挟んだ右側は木々が生い繁っている。

前の方に、道路の反対側で何やら工事をしていた。

作業服姿のおじさん達が数人、作業をしていた。

「何の工事をしてるんだろう?」

と思いながらも、僕はそこを通り過ぎようとした。

すると、

「どこまで行くんだー??」

作業をしているおじさんが道路挟んで大声で声を掛けてきた。

「日本海までです!」


「神奈川から歩いて来ました!今日で8日目です!」


「今日は信濃大町まで!」

僕も大声で返した。

「8日で来たのか!!」

とおじさんは驚いていた。

それから、

「宿は予約してるのかー?」

と聞かれ、

「してないですー!」

と答えると、

「何とか荘が安いぞ!!」


「あれ?名前なんだったかな?」


「名前ど忘れした!!!」

と、気さくなおじさんだった。

安い宿とは、何ともありがたい情報を教えてくれた。

「ありがとうございます!!」

と、手を振って別れた。

「何とか荘か。あとで調べてみよう!」

そう思いつつ、僕はまた歩き出した。

少し歩くと、また後ろの方で大きな声が聞こえた。

「ななくら荘だー!思い出した!ななくら荘だー!!」

またおじさんが話し掛けてくれた。

「あと2、3kmだから、頑張れよー!!」


「ありがとうございます!!!」

僕は、持っていたストックを上に突き上げ、精一杯の感謝を体全身で表現した。

「おじさん!ありがとう!!!」

元気が出た!!!

あんなに大きな声を出したのは久しぶりだった。

一瞬にして頭がスッとなった。

そして何より、今日のゴールが決まった。

「ななくら荘」

しかもあと2、3㎞。

僕は、少し歩いたところにあった公園の芝生に腰を下ろし、

スマホで「ななくら荘」を検索した。

「あっ!あった!」


「七倉荘!」

正直、思っていたほど安くはなかった。

素泊まり4700円。

今見ると安いのだが、

これまでの道中で、

見る見るうちにお金が無くなっていった僕にとっては、

泊まるだけで約5000円は高く感じた。

お金は恐ろしい。

少なくなると、心まで貧しくなる。

しかし、せっかくおじさんが僕のために思い出してくれたんだ。

もしも、いつかどこかで出逢ったら、

「教えてくれた七倉荘行きましたよー!」

と言いたい。

そのためにも、七倉荘に泊まることが、

親切なおじさんへの恩返しになるんじゃないかと思った。

「よし!七倉荘へ行こう!」

辺りはだんだんと薄暗くなってきた。

確実に日が短くなってきている。

あと3㎞。

歩こう。

そして僕はまた歩き出した。

あと3㎞に余裕をぶっこいた僕は、

田んぼの畦道を歩くことにした。

まだまだ自然を感じていたかった。

しかし、これが大きな間違いだった…。

田んぼの畦道は一見、碁盤目状になっているように見える。

しかし、実際はそんなに規則正しくなっていない。

曲がれるだろうと思うところで曲がり角は無いし、

行けるだろうと思うところが行けなかったりする。

目線の高さで見ても、先がどうなっているのか分からない。

どうやったら行きたいところに行けるのか分からない。

もはや迷路なのだ…。

そして僕はこの有様…。

田んぼで迷子…。

暗くなってしまったら、先の道なんて見えやしない。

少し先に見えるゴルフの練習場の灯りを頼りに、前へ進んだ。

草むらの中から一人の青年がゴルフ場に現れた。

ゴルフをする人に似ても似つかぬその風貌は、

実に場違いで、実に恥ずかしかった。

人に見られぬように、僕はやっとの思いで元の道に出た。

七倉荘まではあと少し。

ひときわ明るい大きなスーパーで、

今晩の食料を買うことにした。

これまた恥ずかしかった。

大きな荷物を背負い、両手にストックを持った人間が、

スーパーでカートを押している。

実に異様な光景だ。

しかし、スーパーは便利である。

欲しいものはほぼ何でも揃っている。

明日からは更に過酷になる。

宿だってあるか分からない。

この先のことを考え、少しでも栄養のあるものを買った。

僕は日中、ほとんど何も食べない。

スポーツドリンクと塩飴、

ローヤルゼリーの入ったウイダーインゼリー的なもの。

これくらいしか口にしない。

不思議とお腹は空かなかった。

その分、夜ご飯はメチャメチャ食べる。

ほぼ、夜ご飯だけの栄養で生きていると思えるくらいだった。

買い物かごいっぱいに食料を買い込み、

いざ、七倉荘へ。

スーパーから200mほどの暗い路地に入ったところに七倉荘はあった。

「すみませーん!」

「はい!」

フロントに現れたのは、

ジジシャツを着た、文字通りのじいさんだった。

「日本海まで旅をしていまして、途中で七倉荘が良いと聞いたもので。」


「部屋空いてますか?」

今になって思うが、

なぜ僕はいつも、事前に空き状況を確認しないのだろう…?

先に宿を決めてしまったら、そこまでしか行けないような気がして嫌だったのだが、

それにしても行き当たりばったり過ぎる。

が、僕はいつも、絶対に空いてるイメージしか持っていなかった。

結果ちゃんと空いてるし。笑

じいさんは、

「そりゃありがたい話だなぁ!」


「ユニークな青年が来たもんだ!」

と言って、

「じゃぁ、せっかく来てくれたからこれをあげよう!」

と、僕に七倉荘オリジナルのウェットティッシュをプレゼントしてくれた。

実にいいキャラのじいさんだった。

創業50周年

七倉荘オリジナルウェットティッシュにそう書いてある。

僕と同じ歳くらいの時に始めたのだろうか?

歩いていたら工事のおじさんが、七倉荘を教えてくれた話をした。

「一期一会」

僕がこの旅で大切にしていること。

どんなにお世話になっても、深入りはしない。

これからも続く関係になってしまったら、

今伝えるべきことも後回しになってしまう気がするから。

たとえもう会えないとしても、その時の出逢いを大切に。

じいさんは、まさにそんなような人だった。

毎日違う客が訪れる。

毎日新しい出逢いがある。

そして、出逢いがまた新しい出逢いを連れてくる。

今の僕のように。

出逢いを大切にしていれば、きっとまた良い出逢いが訪れる。

見ず知らずの旅人に勧めたくなるような旅館。

それはきっと、じいさんが日々出逢いを大切にしてきたからだ。

ナイスなキャラのじいさん。

このじいさんと話してると、

50年も続いている理由が少し分かった気がした。

僕もいつか旅館やペンションをやりたいな。

「お世話になります!」

鍵を受け取り、2階の部屋へ続く階段を上がった。

壁には、北アルプスや黒部ダム、

四季折々の草花の美しい写真が飾られてあった。

ここ、大町市は、黒部ダムへの入り口らしい。

じいさんも黒部ダムをオススメしていた。

一番オススメしていたのは、

女将が始めたという北アルプスが望める屋上ガーデンだったけど。笑

黒部ダムには行けない。

でも、明日の朝、屋上ガーデンには行ってみよう。

七倉荘は、お風呂、トイレ、洗面台、給湯室も共同で、

廊下に灰皿も置いてあったり、昔ながらの旅館だった。

だからといって古びている訳ではなく、

歴史を感じることの出来るどこか懐かしい雰囲気だった。

僕は部屋に入った。

少し小さめのベッドがあり、テーブルにテレビ。

友達の部屋に来たかのように落ち着く部屋。

「ん?」


「んん????」

ピアノがある…。

これ客室だよね?

小さめのベッドにピアノ…

「これ絶対子ども部屋だったでしょ!!!」

じいさん!僕にユニークな青年なんて言ってる場合じゃないよ!

この部屋の方がよっぽどユニークだよ!!!

この部屋を客室として使っているあなたの方がユニークだよ!!!!

本当に子ども部屋だったかは分からないが、そう思った。

僕は、思わず一人で笑ってしまった。

僕の物語…

部屋で少しゆっくりして、お風呂に向かった。

お世辞でも、大きいとは言えないお風呂。

それでも十分だった。

正直、最初はちょっと高いと思ったよ。

もっと安い宿があるんじゃないかと思ったよ。

それでも、工事のおじさんとの出逢いを大切にしようと、

七倉荘にした。

そして、じいさんに出逢った。

それだけで十分だった。

この出逢いで、もう十分過ぎるほど元は取れていた。

台風の影響が出ると思っていた今日、

ルートインのお姉さんの優しさに出逢い、

親切に道を教えてくれたおじいさん、

快く休ませてくれた信屋商店のおじさん、

大声で声をかけてくれた工事のおじさん、

そして、七倉荘のじいさんに出逢った。

てるてる坊主の町のおかげで、

大自然を感じることが出来た。

自然の音を聴きたいと思わなければ、

イヤホンをしたままで、

工事のおじさんの声には気が付かなかったかもしれない。

そもそも、この道を選ばなければ、出逢うことは絶対になかった。

小さな小さな偶然が、まるで奇跡のような出逢いを運んできてくれた。

僕の小さな小さな行動が、素晴らしい結果を生み出した。

「僕の選択は間違っていない。」

そう思えてきた。

むしろ、

「僕の選択は、必ずいい結果をもたらす。」

と思えた。

道を間違えても、必ず何かの発見があるし、

宿が満室でも、違う宿で素敵な出逢いがあるし、

どんなに疲れていても、手を差し伸べてくれる人はいるし、

いつもと違うことをしたら、初めての感動があるし、

何をしても、奇跡のような素晴らしい出来事が待っていた。

うつ病にならなかったら、こんな経験は出来ていない。

「死にたい」と思わなかったら、この場所にはいない。

こうやって過去を辿ってみると、すべてが繋がっていたことに気が付いた。

一つの物語のように。

旅に出る前までは、

僕の人生の最後のページは最悪だった。

でも、次のページをめくったら、素晴らしい場面が待っていた。

最悪のページは、今のページに辿り着くまでの途中に過ぎなかった。

僕はずっと、最悪のページが最後のページだと思っていた。

いや、最後のページにしようとしていた。

でも、本当はまだまだ続きがあった。

信じられないほどの素晴らしい物語が先に待っているというのに、

僕はページをめくるのを勝手にやめようとしていただけだった。

次のページはどんなことが待っているのか分からない。

それでも、めくり続ける。

今のページがどんなに辛い場面だとしても、

決して自分の物語をそこで終わりにはしない。

物語は、いつだって最後が一番幸せなんだ。

辛いことがあったからこそ、最後は幸せになれるんだ。

僕が死に場所を探しに旅に出たのだって、

最後に美しい景色を見たかったから。

最後に、せめて幸せだと思える場所で終わりにしたかったからだ。

どんなに「死にたい」と思っていても、

それと同じくらい、

いや、

それ以上に

「幸せになりたい」

そう思っているはずだ。

なら、終わりにしちゃいけない。

ハッピーエンドを迎えるまで、めくり続けなきゃいけない。

ハッピーエンドは必ずやってくる。

辛く、苦しい日々の中、

ある日突然、魔法使いが現れて、

見たことのない景色を見せてくれるんだ。

それがいつかは分からない。

でも、

それまで、決して諦めてはいけない。

絶対に生き続けなければならない。

僕は、僕の物語は、

「絶対にハッピーエンドで終わるんだ!」

少し熱めのお風呂に浸かりながら、そう思った。

お風呂を出て、部屋に戻る。

途中フロントの前のロビーを通る。

ロビーには、大きなソファーと壁かけのテレビがある。

テレビにはフィギュアスケートが映し出されていた。

そしてそれを見ている一人の女性。

大きなソファーに寝転びながらフィギュアスケートを見ている女性。

そう、この方が屋上ガーデンを始めた女将だ。

僕は、この先の道のことを尋ねた。

話しかけられるなんて全く予想をしていなかった女将は、

ビクッとしたように、飛び起きた。

これまた笑いそうになった。

やっぱり僕なんかより、七倉荘の方が断然ユニークだ!

じいさんだけじゃない。

女将さんも。

もはや七倉荘じゃなくて、「ユニ倉荘」だよ!笑

女将は、この先の道についてはあまりよく知らなかった。

でも、

「頑張ってね!」

と言ってくれた。

「頑張って」

と言われて、嬉しいと思う人と思わない人がいる。

「何に頑張るんだよ?」

とか、

「もうすでに頑張ってるよ。」

って思う人もいる。

でも僕は、素直に嬉しいと思う。

自分のことを誰かが応援してくれるって、

凄いことだと思うんだ。

「頑張って!」

って誰かを応援出来ることって、

素晴らしいことだと思うんだ。

だから僕は、素直に嬉しい。

「ありがとうございます!頑張ります!」

そう言って、女将さんと別れた。

部屋に戻り、思った。

「今日は本当に素晴らしい一日だった。」

今日は平坦な道だったが、明日からは山へ入る。

きっと過酷な道が待っている。

でも、きっと大丈夫。

山も、自分も、地球の、宇宙の一部。

すべてが僕に味方してくれる。

「明日は、山の一部になろう。」

その前に、朝起きたら屋上ガーデンに行ってみよう!

そして僕は眠りについた。

今日も僕は、今日というゴールに辿り着いた。

そして、明日もまた新しいスタートを切る。

新しいゴールへ向かう。

つづく…

8日目の成果!!!

【歩数】

32626歩

【消費カロリー】

1109.2kcal

【歩いた距離】

22.83km

【歩いた時間】

10:00〜18:15

著者:坂内 秀洋 (from STORYS.JP)

[続き]【第16話】『最後の挑戦へ』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

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