水戸市立博物館がツアー 廃止47年 茨鉄線たどる

赤塚駅から御前山駅 全駅や路線跡、橋脚観察

茨城鉄道の鉄橋がかつてあった橋脚を見学するツアー参加者=城里町内

水戸市立博物館(同市大町)は16日、1971年に廃止された茨城鉄道(茨鉄線)の跡をたどるバスツアーを開いた。参加者は赤塚駅から御前山駅までの全駅と路線跡、橋脚などを観察した。27日まで開催している企画展「茨城鉄道-今も思い出の中を走ってる-」の一環行事。

企画展のパネル展示に協力した城里町の郷土史家、中三川(なかみがわ)武夫さん(73)がガイドを務めた。

茨鉄線は26年に開業。66年に石塚-御前山駅、68年に大学前-石塚駅の営業を廃止。71年に赤塚-大学前駅が廃止となった。水浜電車に比べ資料が少なく、廃止から47年がたち、住民の記憶も曖昧になりつつある。

中三川さんは昨年1月から古い写真や地図を基に、地元住民へ聞き込み調査を進めて、各駅跡地や路線跡を確認した。

路線跡が道路になった部分もあり、ツアーでは走行可能な場所をバスで回った。現在はスーパーとなっている上水戸駅では、練炭を出荷していたミツウロコ水戸工場からの引き込み線があったことや、水浜電車の線路跡地を説明した。

飯富-堀駅間の上り勾配カーブで45年11月26日、死者10人、負傷者71人を出した脱線転覆事故の現場を見学。参加者から「上り坂なのに脱線したのか」という声が出ていた。当時の本紙によると地盤の緩み、枕木の腐食が原因とされる。那珂西駅では寄付者の名前を記した鉄道記念碑や復元された駅表示板、井戸を見て回った。

終着駅である御前山駅は地元住民や旧?川村(常陸大宮市)などの利用者があり、那珂川や御前山を訪れる観光客の利用も多かったという。駅跡に当時の面影はなく、現在は太陽光パネルが設置されている。近くに鉄橋の橋脚跡が現存しており、参加者はカメラで撮影していた。

取手市の会社員男性(55)は「車社会に負け廃線になるのは残念だ。今ある鉄道を残していくべきだ」と感想を話していた。(清水英彦)

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