校庭で野ざらしの巨石 実は大正遺産だった 旧兵庫県議会議事堂の一部

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尼崎工業高校で見つかった旧兵庫県議会議事堂の柱の一部=尼崎市長洲中通1

 大正時代に建てられた旧兵庫県議会議事堂の大理石柱の一部が、解体から約半世紀を経て、尼崎工業高校(兵庫県尼崎市長洲中通1)で見つかった。名建築の消失を惜しんだ同校の教諭がもらい受けて校内に保管していたが、いつしか存在自体が忘れ去られていた。県は「県政の歴史を語る貴重な資料」として25日から、県公館県政資料館(神戸市中央区下山手通4)で展示する。(前川茂之、小谷千穂)

 この旧議事堂は1922(大正11)年、2代目の議場として、現在の県庁2号館(同市中央区下山手通5)南側に完成。近世ルネサンス様式で鉄筋コンクリート3階建て。窓には色鮮やかなステンドグラスがあしらわれ、当時では珍しいスチーム暖房、水洗便所などを備えた最先端の施設だった。約半世紀にわたり県民に親しまれたが、老朽化のため71年に取り壊された。現在の県議会の建物(県庁3号館)は4代目に当たる。

 尼崎工業高で見つかったのは、旧議事堂入り口のロビーにあった円柱のうち1本の台座と、最上部の柱頭。間の柱身部分はなかった。高級石材であるイタリア産大理石が使われていた。

 発見のきっかけは昨年2月。同校の川東丈純事務長(54)が、学校敷地内に野ざらしで転がっていた“巨石”に気付いた。その後、校内で「旧兵庫県議会議事堂記念柱」と書かれた銘板が見つかり、同窓会長ら卒業生に聞き取りを始めた。

 関係者の話を総合すると、旧議事堂の解体を同校建築科の教諭らが惜しみ、当時の県関係者と交渉。ちょうど校舎の増築工事があったことから「記念に」との理由で、柱1本を譲り受けていたことが分かった。

 柱は当初3・6メートルの高さで、校舎内に立てた形で保管され、銘板が付けられていた。しかし95年の阪神・淡路大震災で倒壊し粉々に。一部を校舎入り口付近の屋外に置いていたが、歳月とともに、由来も存在も忘れられていたという。

 川東事務長らが県教育委員会文化財課に照会し、「実物にほぼ間違いない」とのお墨付きも得た。県側も「今年は県政150周年の節目。このタイミングで県の歴史を語る資料が見つかるのは縁を感じる」と驚き、25日から県公館県政資料館で開く企画展「兵庫県誕生」での展示を決めた。

 会場では生徒らが作った、7分の1サイズの柱の再現模型も展示する予定で、同校3年の男子生徒(17)は「美しく整った曲線の装飾など、大正時代のものづくりはすごいと思った。模型で全体像を思い浮かべながら昔の高度な技術を感じてほしい」と話す。

 企画展は6月30日まで。無料。県公館県政資料館TEL078・362・4133

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