「止」の出る幕

 「正」と「止」の字は横棒一つの違いしかない。これが自分のやり方だ、これで正しいんだ、と思っていても、「正」の横棒を胸にしまって立ち止まる。自分への「ちょっと待て」の一声で人はわれに返る時がある▲なのに立ち止まり、思い止(とど)まることは許されない。監督やコーチの言うことは絶対で、全てで、「正しいこと」になれば、「止」の出る幕はなかろう。その選手は、相手チームの選手をつぶせ、という指示に背けないほど「追い詰められた」と明かした▲学生アメリカンフットボールの試合で関西学院大の選手を負傷させた日本大の選手が、会見で謝罪し、いきさつを語った。コーチに「相手がけがをして試合に出られなくなれば得じゃないか」と言われたという▲それが本当ならば、相手をつぶすくらいの気持ちでやれよ-と指導者が気合を入れた、などという話ではなくなる。日大側は「つぶせ」という言葉を巡る指導者と選手の受け止め方の違いだと言いたいようだが▲無防備な人を背後から襲わせたのが「この先、試合から外される」というおびえに付け込んだ、脅しめいた、遠回しの指図だったとしたら-と思うと胸がざらりとする▲選手はボールを追うのが楽しくてしょうがない時もあったろう。「幸」と、つらいの「辛」も横棒一つの違いである。(徹)

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