北朝鮮核実験場廃棄のデジャブ 証拠隠滅の指摘も

By 太田清

2008年6月、北朝鮮・寧辺の核施設で、爆破され煙を上げて崩れ落ちる冷却塔(共同)

 デジャブ(既視感)とは、現在起こっていることが過去にもあったかのように感じることを意味するフランス語由来の言葉だが、予定されている北朝鮮北東部豊渓里(プンゲリ)の核実験場廃棄をテレビなどで見る多くの人がそれを覚えるに違いない。 

 金正恩朝鮮労働党委員長は4月の党中央委員会総会で、核戦力が完成し核実験場は「使命を終えた」として核実験場閉鎖を決定、南北首脳会談では専門家やメディアに廃棄の様子を公開すると表明した。既に米英中ロ韓の5カ国の記者が北朝鮮入りし、核実験場の全ての坑道を爆破して崩落させ、入り口を完全に閉鎖する作業を見守る予定だ。 

 覚えている方も多いと思うが、北朝鮮は2008年6月、プルトニウム抽出が疑われていた寧辺の黒鉛減速炉に通じる冷却塔を爆破。米ブッシュ政権はその後、北朝鮮に対するテロ支援国家指定を解除した。爆破には米国務省代表や国際原子力機関(IAEA)のオブザーバーのほか、日本を含む6か国協議参加国のメディアが招かれた。 

 冷却塔に設置された爆薬が点火され、高さ約30メートルの円すい形のコンクリート製建造物が一気に崩れ落ちる場面が世界に大々的に伝えられた。ところが北朝鮮はその後も別施設などでの核開発を続け、翌年5月、2度目の地下核実験を行った。今では冷却塔爆破は、制裁緩和と核開発の時間稼ぎのため、必要性の低い施設を破壊する「パフォーマンス」だったとの見方が定着している。 

 米CNNなど欧米の多くの主要メディアは今回の豊渓里の核実験場廃棄も多分に象徴的な「政治的ショー」との見方を伝えている。その理由として第一に挙げられているのが、金委員長の約束にもかかわらず、招待されたのがジャーナリストだけでIAEAなどの専門家や査察官は含まれていない点だ。おそらく坑道の爆破などを急ごしらえの展望台から遠目に見守るだけで実際に、どの程度破壊されたか正確に知ることはできない。必要となれば簡単に再開できる程度の破壊かもしれないし、坑道の一部を残しておけるかもしれない。 

 CNNは、北朝鮮が来月予定されている米朝首脳会談後に核実験場への査察が行われることに備え、実験場に残された放射性物質など核実験の規模や核爆弾の性能をうかがわせるデータ破壊を狙った可能性があるとの専門家の話を紹介。廃棄が「単なる証拠隠滅にすぎない」との考えを伝えた。 

 中国の一部地質学者は、北朝鮮が水爆と主張する6回目の核実験で実験場の一部が崩壊、既に使いものとならなくなっているとの見方を示した(金委員長はなお2本の坑道が十分に使えると主張したが)。廃棄してもしなくても、北朝鮮の核開発には何の影響もないわけだ。またこれまでの実験で既に開発に必要なデータは十分に入手しており、実験自体が必要ない恐れもある。 

 実験場廃棄の「行事」は早ければ24日にも行われる予定で、招待こそされなかったものの日本のメディアも大ニュースとして報じるだろうが、こうした事情も併せて伝えていかなければ北朝鮮のPR戦略にまんまと乗せられてしまうことになりかねない。 (共同通信=太田清)

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