ヒューマンライブラリー

 「自分の人生の中では誰もがみな主人公」と、歌手のさだまさしさんは、その名も「主人公」という歌を歌った。誰もが自分を主人公にして一つの物語を紡ぎ出すことができる▲となれば、一人の人間を一冊の本に見立てることもできる。そんな発想のもとに世界各国で広まっているのが「ヒューマンライブラリー」という催しだ▲図書館でさまざまな本を借りて読んでみるように、さまざまな人から生き方を聞かせてもらう。参加した“読者”は、好きな“本”を選んでテーブルに着く。少人数で対話を交えながら密度の濃い30分を過ごす▲例えば、ある“本”は、不登校で高校を中退した若者。当時の閉塞(へいそく)感を伝えようとする彼の語りに寄り添ううちに、不登校の経験は思春期の彼が成長するために必要なプロセスだったのでは-と感じられてくる▲日常の人間関係から一歩踏み出し、普段接する機会のない他者とつながってみる。他者の目を借りて世の中を見る。そうして、この社会の多様性をより実感できるようになるのだろう▲生まれ育ち、思想信条、経済力…さまざまな違いがあっても、私たちはそれぞれ一つの物語の主人公だ。幅広い読書が人の心を豊かにするように、人々の多様性を知ることもまた、他者を尊重し社会を豊かにしていくことにつながると思う。(泉)

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