春の山形へ「とれいゆ」で直行

(上)出発前から写真撮影で大人気、(下)揺れてもこぼれない足湯はJRの自信作

 JR東日本の新幹線E3系を改造した観光列車「とれいゆ つばさ」(6両編成)。普段は奥羽線の福島―新庄間で土日を中心に往復しているが、4月から始まったキャンペーン「山形日和。花回廊」のけん引役として4月1日、東京・上野駅から出発する団体臨時列車に起用され、山形駅まで同乗させてもらった。

 上野の新幹線ホームは、かつて東北・上越新幹線の始発駅だった名残で余裕があり、イベント列車の出発駅にはちょうど良い。ホームに入ってきた「とれいゆ」から鎧姿の武将がいきなり降りてきて「やあやあ、ようこそ」と乗客たちを出迎えてくれた。

 兜に光る「愛」のエンブレムから、大河ドラマの主人公にもなった米沢藩の家老・直江兼続と分かる。旅のおもてなしはもう始まっているのだ。

 車内は車両ごとに内装が異なり、各種お酒をそろえたバーコーナーもある。走り出した車内では、さっそくワインの試飲などいろいろイベントが始まったが、なんといっても興味深いのは、電車1両の半分ほどのスペースにあつらえた足湯だ(もう半分は休憩所)。

 長時間いすに座っていると足がむくんでしまうという人も少なくないだろうから、そんな時、靴を脱いで足をお湯に入れてぶーらぶら。車窓の変化も気分を盛り上げてくれる。

 実は管理上の諸事情から、お湯は本物の温泉ではない。だから、「とれいゆ」の語源はてっきり温泉の湯かと思っていたが、列車(トレイン)とフランス語の太陽を意味する「ソレイユ」と掛け合わせた別物なのだそうだ。温泉は、現地に着いてから楽しもう。

 首都圏では散ってしまった桜が、福島ではちょうど見ごろだった。ここで東北新幹線から分かれて奥羽線に入ると、路線は在来線なのでスピードがぐんと落ちる。「山形新幹線は新幹線じゃない」なんて声が聞かれるゆえんだが、乗り換えがないというメリットは大きいし、風景を楽しむ観光列車としてはむしろここからがお楽しみ区間だ。

 福島、山形県境の板谷峠付近まで来ると、日陰の斜面にはまだまだ雪が残っていた。翌日の帰り便は普通の「つばさ」だったが、沿線の田んぼで北帰行の最終便かという感じのハクチョウの群れも見ることができた。

 峠を下って米沢、高畠などに停車、予定どおり午後1時ごろ、歓迎の和太鼓が盛大に打ち鳴らされる山形駅に到着した。この後はグループごとに好みの観光コースに分かれて散らばって行くことになる。

 近年さまざまなスタイルの観光列車が登場して人気を集めているが、速さが売りの新幹線ではどうしても移動手段になるだけのことが多い。今回の山形新幹線のように新幹線と在来線をそのまま行き来できるミニ新幹線ならイベント列車としての可能性がまだまだあるのではと感じた。

(上)山形駅では和太鼓隊がお出迎え、(下)眼下の仙山線が鉄道模型のようだ

 さて、山形駅に着いたらどうするか。フルーツラインの愛称を持つ左沢線(あてらざわせん)に乗り換えるのもいいが、鉄道ファン的には、山形から仙台に向かう仙山線と新庄に向かう奥羽線とが並行する約5キロの区間の線路に注目したい。

 一見普通の複線区間に見えるが、奥羽線は新幹線車両がそのまま乗り入れるために線路幅を1435ミリに広げた標準軌。一方の仙山線は従来の1067ミリ狭軌のまま。つまりそれぞれの線路を電車が上り下りする「単線2本」という珍しい場所なのだ。

 今回は仙山線で山形から五つ目の山寺を目指した。松尾芭蕉の「奥の細道」に登場する立石寺の最寄り駅だ。石段を登った山上のお堂からは、眼下の仙山線が鉄道模型のジオラマのよう。もう少しで桜が開花という微妙な時期だったが、新緑、紅葉、雪景色も魅力だろう。もう一度行ってみたいと思う鉄道の旅だった。

 ☆篠原 啓一(しのはら・けいいち)1958年、東京都生まれ。共同通信社勤務。せっかくなので山形駅から車で15分ほどの畑の中にわき出た「百目鬼(どめき)温泉」に入ってきました。ちょっと塩味の源泉掛け流し、疲れもとれて350円はお得。

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