「イニエスタの背番号問題にみる、Jリーグとクラブに課せられた使命とは」

「あのアンドレス・イニエスタが遂に日本にやってきた!」

彼がバルセロナを退団することが決定的になってからというのものの、ヴィッセル神戸はもちろんのこと、中国、アメリカ、はたまた恩師ペップ・グアルディオラが率いるマンチェスター・シティなど、その移籍先の噂は毎日のように変わった。

海外の日本代表最新情報、Jリーグ超ゴールはこちら

そして、最終的にはJリーグとヴィッセル神戸が「聖人」を呼び寄せる権利を得たわけだが、大半のものがその事実をすぐには飲み込めなかったことだろう。

移籍決定の報道以降、日本はお祭り騒ぎである。

常時であればJリーグについてはほとんど触れることもないマスメディアたちがこぞって取り上げ、「芸能人の色恋、政治の騒動、団体や組織の不祥事を主食」とするワイドショーですら彼に関するネタを率先して報じた。

もはや「イニエスタ祭り」と称しても差し支えなく、一過性のものであることは間違いないが、この風潮はしばらく続くだろう。

実際、記者会見後にも多くのサッカーファンから耳目を集める話題が早速提供された。

いわゆる「背番号問題」である。

イニエスタの背番号と言えば、バルセロナ時代に長きにわたって身に着けていた「8」が代名詞だ。ラ・リーガ最終節のソシエダ戦では、その「8」に無限大を意味する「∞」がかけられたコレオグラフィーが彩られたほど、彼のトレードマークとなっている。

だが、それをヴィッセル神戸でも身に着ける流れになるとは、一部のものを除いて誰もが予想だにしていなかっただろう。

理由は至って単純。

既にヴィッセル神戸における「8」は今季ベガルタ仙台から移籍してきた三田啓貴が背負っており、Jリーグの規約上でもシーズン途中の変更は認められていないためだ。

【関連記事】イニエスタの背番号が「8」に決定!「現8番」の三田啓貴はどうなる?

しかし、それでもイニエスタは、ヴィッセル神戸の背番号8を掲げてカメラの前に登場した━━というより、同クラブの代表取締役会長である三木谷浩史から授けられた。

となれば、当然注目を集めるのが「果たしてどのような方法で背番号8をイニエスタが身に着けるのか…」という話題だ。

背番号8は「仮」

まず、前提として、頭に入れておかなくてはならない点がある。

現時点においては、あくまでも「A.INIESTA」と銘打たれた背番号8のユニフォームは正式のものではないというところだ。

そもそも、今季のJリーグにおいて、シーズン途中での移籍が認められる「第2登録期間」は2018年7月20日から8月17日である。

つまり、Jリーグ側がイニエスタの追加登録を受理して、正式承認できるのは最短でも7月20日なのだ。

現在のイニエスタの状況を表すならば、「ヴィッセル神戸との契約は完了したが、まだJリーグ所属の選手ではない」という表現が適切かもしれない。

「イニエスタは背番号8を身に着ける」ということが既定路線のように進んでいるものの、まだ何も決定してはいないというのが実情である。

「ビジネスマン」の辣腕を発揮か

さて、ここからが本題だ。

「今後ヴィッセル神戸がどのように対応していくか」という前述の件であるが、現在のところ、有力視されている手法は以下の二点だ。

まず、一つ目は「三田啓貴との契約を一旦解除して再契約。そして新たな背番号を与えて、上記の期間中に再登録する」というプロセスだ。

「Jリーグ規定の穴を突いた」とも言えるテクニックだが、一度契約を解除した選手と再契約をすること自体は違反ではなく、クラブと選手間に共通理解があれば「荒れる」ようなことも起こりにくい。

三木谷代表は自身のツイートの中で、イニエスタと三田との秘話を早くも明かしているが、当事者間で一種のわだかまりが残るようなことはなさそうだ。

無論、イニエスタに背番号8を渡そうとクラブが動いていることについて、記者会見より前に三田が知っていたかどうかは不明ではあり、「話の順序」を誤っていた可能性は否定できないが…。

【関連記事】イニエスタがいい人すぎる!三木谷氏が「感動」した理由とは

そして、もう一つ目の手法は「特例をJリーグに呑ませる」というパワープレーだ。

今回の移籍に際して、関係者界隈では「イニエスタをヴィッセル神戸に招き入れることが現実味を帯びた際、三木谷代表がJリーグ理事会や実行委員らに特例の受諾を求めるように打診していた」という噂が実しやかに囁かれていた。

補足するならば「我々(ヴィッセル神)はイニエスタをJリーグに連れてくることに尽力するので、Jリーグ側は柔軟な対応を…」という類のコンセンサスを早い段階で取りにいっていたということだ。

実際のところは「密室で行われる協議」になるため、事の真相は世に出ることはないだろうが、イニエスタ級の大物がJリーグ参戦となればリーグ側に大きなメリットが生まれることは確実。

他のクラブも、ヴィッセルを迎える試合での集客増加が見込め、さらに自クラブへ外国人選手を引き入れようとする際に「イニエスタもプレーしているリーグです」という宣伝文句を使えるとなれば、協力的になることも自然の流れだろう。

5月30日前後に改めて委員会が開かれ、そこで最終的な結論が出るのではないかと見られているが、Jリーグ理事会を統括する村井満チェアマンは「了承済み」とも言われており、Jリーグ全体が「VIPルール」を正式発表する日がきても不思議ではない。

「背番号問題」を一つの契機に…

事の終結は今回のコラムを執筆する時点では不明だが、アンドレス・イニエスタというJリーグ史上最高級の超大物が、リーグ全体を揺るがしたことは事実だ。

また同時に日本のトップリーグは、間接的な形とは言え、サッカーファンに対して「我々は規定を変更する用意があるリーグである」という印象を与えてしまったことも明白である。

リーグ自体に柔軟性があることは一つの長所と評価できるかもしれないが、裏を返せば、まだまだリーグの規定や方針に「緩さ」が存在するということが証明されたわけだ。

この「緩さ」の捉え方も十人十色であるが、「Jリーグは自分たちが恩恵が感じられることに対して、特例として容認するリーグ」とレッテルを貼られても仕方がないだろう。

また、今後も類似する問題が発生する可能性は十二分にあり、それを毎度のように特例を認めるようでは、「規定は一体何のために存在するのか…」との疑念も抱かれかねない。

Jリーグには、今回の経験を契機にして「あくまでもレギュレーションの範囲の中で対応できる」よう、今一度、諸規定の精査をしてほしいものだ。

忘れてならない「ファンの思い」

とにもかくにも、リーグ、クラブ共々「イニエスタ祭り」に浮かれている印象だが、今回の騒動の中で、決してなおざりにしてはいけない大切なことがある。

それは「ファンの思い」である。

言わずもがな、三田啓貴を応援するサポーターはヴィッセル神戸を中心に数多く存在する。

そしてその大半が「背番号8・三田啓貴」のグッズを身銭をはたいて購入し、それらを身に着けて応援する者たちであり、その背番号に対しても「熱い思い」を持っている者たちだ。

「三田本人が背番号変更を了承したから問題ない」と言えば、それまでなのかもしれないが、自分が応援してきた選手の背番号を簡単に変えられてしまったことは、簡単に納得できることではないだろう。

広告塔という価値を含めてのネームバリュー、これまでの実績、選手としての能力においては、たしかにイニエスタが三田を凌駕しているかもしれない。

だが、それでも「ヴィッセル神戸の背番号8は三田啓貴」であり、サポーターの思いは数字などで比較できるものでもない。

「ユニフォーム販売後に背番号が変更された選手のグッズを無償交換」、または「背番号発表後に移籍した選手のユニフォームを返金」など、真摯にサポーター対応してきたクラブは海外にいくつもあるが、はたしてヴィッセル神戸はどのような立ち振る舞いを見せてくれるのだろうか…。

きっと、アンドレス・イニエスタという大きな存在は、様々な形で日本のサッカー界に財産を残してくれるはずだ。

そして、この聖人は、各方面に大きな課題を与えて周囲の成長を促す存在ともなり得るだろう。

このあまりにも強大な力とどのように向き合っていくか━━リーグとクラブに求められる責任は彼らが認識している以上かもしれない。

© 株式会社ファッションニュース通信社