広がる人身売買ビジネス――欧州を目指すも「地獄を味わう」移民・難民

収容センターで身を寄せ合う母子(2017年3月撮影)

収容センターで身を寄せ合う母子(2017年3月撮影)

紛争や貧困を逃れるため、アフリカ・中東諸国から海路で欧州を目指す人の波は絶えない。経由地となっているのは、地中海の玄関口であるリビアだ。しかし、経済が崩壊し、法秩序が弱体化したこの国では、移民・難民を狙った拉致や監禁、密航ビジネスが“産業”となり、想像を絶する暴力や搾取が横行している。

欧州に向けて出航できたとしても、リビア沿岸警備隊によって海上で拿捕(だほ)され、リビアへ送り返される。国際移住機関(IOM)によると、2018年以降、地中海の渡航を試みた移民の3人に1人が陸へ送還された。これは、欧州諸国が移民の到着を阻もうとリビア沿岸警備隊を支援・訓練しているためだ。

国境なき医師団(MSF)は同国に滞在する移民・難民への援助活動を展開している。2017年9月からMSFの活動責任者を務めるクリストフ・ビトーに現地の状況を聞いた。

リビアでは拉致や拷問が産業化していると聞きます。人身売買はどれくらい広がっているのでしょうか。

すねを骨折して搬送される男性

すねを骨折して搬送される男性

移民・難民を拉致、拷問して身代金をゆすりとる手法は増え続けています。銀行の現金不足によって現地経済は打撃を受けており、拉致が従来の産業に代わる新たな収入源となっているのです。

MSFは(人身売買組織が)非合法に移民を監禁している場所には近づけませんが、脱出できた人たちを援助しています。例えばバニワリドにある移民のシェルターでは、現地NGOと一緒に1次医療を担っています。脚を何ヵ所も骨折している人、やけどを負った人……背中を殴打されていた人もいました。多くは、入院が必要な健康状態です。

首都トリポリ市内の収容センター(2017年3月撮影)

首都トリポリ市内の収容センター(2017年3月撮影)

ある脱出者からは「数ヵ月間にわたり人身売買組織に監禁され、地獄を味わった」という話を聞きました。監禁されていた人びとは複数の傷を負い、心身が衰弱しています。経済的にも搾取されており、立ち直るには周囲のサポートと時間が必要です。

遺体で見つかった移民・難民を埋葬する現地NGOには、毎月50袋の遺体袋を提供しています。この団体によると、昨年1年間で埋葬された遺体は730体にのぼりました。しかし、この数が実際の死者数と合致しているとはいえません。残虐な行為で命を落とす人の数は、はるかに多いと確信しています。

欧州を目指すボートがリビア沿岸警備隊に拿捕(だほ)されてしまった場合、どうなるのでしょうか?

ゴムボートに乗り、国際水域で救助を待つ人びと(2018年3月撮影)

ゴムボートに乗り、国際水域で 救助を待つ人びと(2018年3月撮影)

海で拿捕(だほ)された移民・難民はリビア沿岸で下船し、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)とIOMが立ち入ることのできる12ヵ所で健康状態のチェックを受けた後、収容センターへ送られます。幼い子どもも例外なく勾留されるのです。

公的な組織と裏社会の境界ははっきりしておらず、何が起きても不思議ではありません。海上からリビアへ連れ戻された人は人身売買業者の手に落ちて拷問に遭う可能性があります。

MSFの活動地に変化はありましたか。

脱出時に撃たれた負傷者を受け入れるMSFの支援先病院

脱出時に撃たれた負傷者を 受け入れるMSFの支援先病院

収容センターに勾留されている人の数は減少傾向にあり、定員オーバーで過密状態だった半年前に比べて環境は改善しました。でも、リビア国内で活動するほとんどの国際団体は首都トリポリに拠点を置いており、その他の地域にいる移民・難民は見過ごされがちです。私たちのチームがリビアの収容センター数ヵ所で被収容者に会うと、「自分たちはまだ援助を待っている」「これから一体どうなるのか全く分からない」と言われます。

何よりも深刻なのは、収容センターの外では支援が皆無だということです。リビア国内には70万人の移民・難民がいると見られています。UNHCRが難民登録しているのは、そのうち5万人余りです。誰にも知られないまま、拉致や監禁、殺人の被害に遭っている移民・難民が多数いると思われます。その上、リビアを脱出して命がけで地中海を渡る人びとは、暴力の渦巻く本国へ連れ戻されているのです――。

MSFは、リビア国内バニワリド、フムス、ミスラタ市にある収容センターで医療・人道援助活動を展開。5月23日には、バニワリド西部で人身売買組織に拘束されていた移民100人以上が脱出し、25人の負傷者を支援先病院に受け入れた。生存者の1人は、今回の脱出で15人が死亡し、多くの女性を含む40人余りが取り残されたとMSFに語った。

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