「日本海海戦」戦没者しのぶ 逸話残る対馬・西泊で

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 日露戦争の「日本海海戦」で犠牲となった日露両国の戦没者の慰霊祭が27、28の両日、対馬市上対馬町西泊の殿崎公園であった。
 海戦は1905年5月27日に対馬沖であり、日本の連合艦隊が勝利。翌28日、同町の西泊に流れ着いた100人以上のロシア兵を、住民が民家に泊めて食事を振る舞ったとの逸話が残っている。
 慰霊祭があった園内の「殿崎岡碑」には、東郷平八郎連合艦隊司令長官が揮毫(きごう)した「大勝利を収めることができた海の恩と山のように高く重い人類愛を忘れてはならない」という意味を示す「恩海義嶠(おんかいぎきょう)」と刻まれている。
 28日の慰霊祭は、地元住民らでつくる委員会(犬束俊治委員長)が主催。住民や海上自衛隊関係者ら約30人が碑に黙とう、献花した。犬束委員長は「先人の美挙を後世に語り伝えていこう」と呼び掛けた。
 対馬防衛協会(白石洋司会長)も27日、同公園で慰霊祭を開き、地元住民や陸海空自関係者ら約200人が参列した。白石会長は「現在の平和は先人の犠牲の上にある。戦争にならない社会を維持することが、今を生きる者の責務だ」とあいさつした。

東郷平八郎が揮毫した「恩海義嶠」の石碑の前であいさつする「対馬沖海戦先人の美挙継承委員会」の犬束委員長=対馬市上対馬町、殿崎公園