大空襲を歌い続けて

 あまり存じ上げないジャンルなので伺ったときは腰が引けたが、温かく接してもらったのを覚えている。佐世保出身のシャンソン歌手、古賀力(つとむ)さんが営む東京・赤坂の店「ブン」を取材で訪ねたのは、10年前の今ごろだった▲十数席の小さなショーホールで、当時70代の古賀さんの歌に客は聞き入る。不明の身でも名にどこか聞き覚えのある歌手、シャルル・トレネをはじめ本場フランスの巨星が、来日の折には店を訪れたと聞いた▲今から35年ほど前、古賀さんはトレネの曲に佐世保大空襲の体験に基づく創作詞を付けた。曲名を「先生のオルガン」と言う。〈夏の日の夜/あの空襲/オルガンと一緒に先生は死んでいた/少年時代の悲しいあの日〉▲大空襲の夜、古賀さんは佐世保市高天町の家から防空壕(ごう)に家族とともに逃げ込んだ。何とか無事だったが、外は焼け野原で「自分はわずかな生き残りだと知った」という▲店で歌っていただいた。シャンソンの調べがそう聞かせるのか、力のこもった反戦歌というよりも、追想のような、思いを淡々と語るような調子だったのを思い出す▲先ごろ古賀さんの訃報に接した。享年84歳。少年時代の悲しいあの日-佐世保大空襲が長いこと、静かに、遠い東京の一角で歌われ続けたことを忘れまい、と胸に刻んで目を閉じる。(徹)

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