【世界から】監視カメラだらけの米

安全の前にかすむ人権

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JR山手線の車両内に設置された防犯カメラ=5月17日午前、東京都品川区

 東京五輪・パラリンピックまであと2年。人々の期待が盛り上がるその裏で、セキュリティーの強化が着々と進んでいる。先日も、東京五輪が開幕する前の2020年春までにJR山手線の全車両に防犯カメラが設置されることが報じられた。通勤など移動中の様子を監視カメラで撮影されるというのは居心地の悪い話だが、社会状況を考えれば致し方ないことかもしれない。

 米国では01年9月11日の米中枢同時多発テロ以降、盛んに監視カメラが設置された。テロがはびこる時代に、人々がプライバシーを犠牲にして安全を選んだ結果と言えるが、その陰には警察の省力化という側面もある。そして、その傾向は人工知能(AI)の台頭とともに拍車がかかっている。

▽撮影された筆者の違反

 私事で恐縮だが、筆者が犯した違反行為を告白したい。2年ほど前、車で米・シアトル市街を運転していた時のことだ。信号が青から黄色に変わった直後、筆者の車はかなり微妙なタイミングで交差点に進入した。停止することもできたが、その信号は一度赤になると1分近くは変わらない。見たところそれほど交通量もない。ええいままよ、と強引に左折し、恐る恐るバックミラーを見たが、パトカーらしきものが追いかけてくる気配はない。ほっとしながら交差点を離れた。

 それから約2週間後。赤信号で左折する筆者の車と、ナンバープレートのアップの写真がしっかり写った書類がシアトル市から送られてきた。いわく、「あなたは〇月×日、信号無視をしました。15日以内に罰金支払いの手続きをするか、裁判所に異議を申し立てる手続きを行ってください」。

 くだんの交差点には「赤信号取り締まりのカメラ(Red Light Camera)」が設置されていたのだ。書類にはご丁寧にも、監視カメラで違反行為を確認した警官の署名まで入っていた。

 こうしたカメラは全米50州の半数近くになる23州で稼働している。プライバシーの侵害や車の運転者の特定が困難な点などを理由に認めない州も多く存在するが、ニューヨークやカリフォルニア、ワシントンDCなどを始めとする主要な州では積極的に使用されている。

▽経費削減が目的

 交通違反だけでなく、通常の犯罪取り締まりにも監視カメラは大活躍している。その多くは警察の経費削減が目的だ。ロサンゼルス市警察は05年からパトロール活動を補完するためにダウンタウンの中心部の監視カメラを使用している。担当の警察官数人が常時カメラをモニターしており、路上で不審な動きがあればすぐにパトカーを向かわせる。これなら頻繁にパトロールを行う手間も省ける。採用した当初、年間200件近い逮捕に貢献した。

 ニューヨーク市ではさらに大規模な監視システムが稼働している。マンハッタン地区には実に8000台の監視カメラが設置されており、地下鉄、トンネル、橋などに警察の目が光っている。詳細は公表されていないが、ほとんどすべての道路が24時間ビデオ録画されているらしい。ニューヨークに観光旅行に出かけた私たちの姿は、頼みもしないのに警察に“記念撮影”されているのだ。そればかりか、化学兵器や核兵器テロ警戒のための化学物質や放射能のセンサーまで設置されているという。

 このシステムが力を発揮したのは16年9月に起こった爆弾テロだった。ニューヨーク市警は監視カメラのデータから、実行したアハマド・カーン・ラヒミの足取りを即座に特定し、約40時間後に逮捕している。市警本部のジェイムズ・オニール氏は「すべてのストリート、すべての動きが録画されている」と誇らしげに語る。取りようによっては威圧的な発言だが、特に批判の声もなかった。その効果の前にはニューヨーカーの批判精神も鈍るようだ。だが、かつては自由を尊ぶボヘミアニズムの中心地だったイースト・ビレッジさえも監視カメラだらけという現実には、複雑な気分にならざるを得ない。

▽AIと連携も

 もちろん反対する声もある。人権団体の全米市民自由連合(ACLU)は、カメラが犯罪捜査以外の目的で使用される危険を指摘している。厳密な法の監視下にない監視カメラの運用は、偏見に基づいた利用や個人に対するいやがらせにもつながりかねない。社会活動やデモの参加者の特定にカメラが使用されることは十分考えられる。実際、警察のデータベースを使用してゲイ・クラブに駐車していた車のナンバーから所有者を特定しようとした行為が問題になったこともあるという。

 とはいえ、こうした懸念はもはや年中行事の感のあるテロや乱射事件のおかげで先細るばかりだ。一方、警察は安全保障を“錦の御旗”にしてさらなる監視強化を推進している。もっとも恐ろしげな未来は、AIと監視カメラの連携だ。10年、メンフィス市は警察予算を削減するために米IT大手IBMのデータ解析システム、ブルークラッシュを導入した。これは市内に設置された監視カメラとデータベースを連動させ、犯罪が起こりそうな場所を事前に予想、現場の警官に情報を送るものだ。同市はこのシステムにより、パトロール警官の数を大幅に削減したという。

 将来、監視カメラとAI、ビッグデータのコンビネーションが、犯罪に関わりそうな人物の予想に使われることは容易に想像がつく。事実、米国土安全保障省は、人々の行動をデータ化し、将来テロ行為を行いそうな人間を割り出すシステムの研究を進めている。近い将来、罪を犯していなくても、その可能性があるというだけで犯罪者予備軍に分類されるようなことが起こりかねない。警察がいなければ赤信号を無視するような筆者のような輩は、要注意人物にリストされるかもしれないのだ。(東京在住ジャーナリスト、岩下慶一=共同通信特約)

筆者に送られてきた書類。監視カメラが撮った写真には、筆者の車などが写っていた=岩下慶一撮影