『あやかし草紙』宮部みゆき著 物語の本質に迫る江戸怪談

「火車」で心をわしづかみにされてから、新刊が出ると買いに走る作家の一人であり続けている。宮部みゆきという希代のストーリーテラーと同時代に生きている幸運を何度もかみしめてきた。

 現代ミステリーはもとより、SF、ファンタジー、捕物帳など幅広いジャンルをこなすが、中でも江戸怪談は、宮部が持ち味を最大限に発揮できる器ではないか。生者と死者、現実と怪異の世界を往還して想像力を自在に羽ばたかせる。

 本書はその江戸怪談のシリーズ「三島屋変調百物語」の第5弾。5話収録されている。2008年出版の第1弾「おそろし」から通算で27話になった。

 シリーズは、江戸・神田の袋物屋「三島屋」の「黒白の間」を訪れた客から、それぞれ澱のように胸にこごった話を聞く形式で進む。シリーズの最初の聞き手はおちかで、彼女には聞き手になる深い理由があった。

 川崎宿の旅籠屋の娘として生まれた。17歳の時、幼なじみがいいなずけを惨殺するという事件が起きた。そしてそれは自分のせいだと思い、心を閉ざした。

 そんなおちかを引き取ったのが、叔父にあたる三島屋の主人、伊兵衛だ。ある日、おちかは伊兵衛の碁敵である客を「黒白の間」でもてなしているうち、彼が心の奥底に沈めてきた話を聞いてしまう。それがきっかけで、三島屋での「変わり百物語」が始まった。

 語られてきたのは、理不尽な運命に翻弄されながら生きる人間の弱さやはかなさだったり、強欲さや醜さだったり。客たちは話すことで解き放たれ、新たな一歩を踏み出すきっかけを得る。おちかも自らの過去に向き合い、心の整理をつけていく。

 本書冒頭の「開けずの間」は一家全滅に至る陰惨な物語。おまえの願いをかなえてやる代わりに、誰かの命を差し出せと迫る「行き逢い神」がとてつもなく怖い。しかし本当に怖いのは神でもあやかしでもなく、人間の欲そのものなのだと突き付けられる。

 表題作「あやかし草紙」でおちかは自ら思い定めた人に「嫁にもらってください」と言い、最終話「金目の猫」で嫁いでゆく。聞き手を引き継ぐのは、三島屋次男の富次郎だ。彼は話を聞いた後で、それを絵にする。今後どんな活躍をするか楽しみだ。

 人はなぜ物語を求めるのか。小説の本質に迫るともいえるシリーズは、最終の99話を目指して今後もひた走る。

 それにしても怪談とは、なんと深淵で豊饒なのだろう。私も幼い頃、祖母の「草木も眠る丑三つどき~」のせりふで始まる話をきゃあきゃあ言いながら聞いた。あの時のドキドキとこのシリーズは一直線につながっている。

(KADOKAWA 1800円+税)=田村文

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