「足が太いからクビ」 大阪万博の光と影

By 佐々木央

 

万博会場内のお祭り広場で行われた閉会式

 2025年の万博を大阪に招致する運動が展開されている。1970年の大阪万博(エキスポ70)は東京五輪の6年後だった。2020年の東京五輪に続いて大阪での万博を目指す動きは、成功体験を忘れられない人たちが歴史をなぞろうそする試みに見えなくもない。だが、大阪万博の華やかな達成の陰で、働く人に対する非人道的ともいえる扱いがあったことは、ほとんど知られていない。

 大阪総評で女性オルグとして長く活躍した伍賀偕子(ごかともこ)さんが大阪府立労働センターで開かれた研究会「職場の人権」の例会で「女性の働き方は変わったのか」と題して講演し、そのことに触れた。

 オルグという言葉の説明が必要かもしれない。「オルガナイズ」(組織化する)または「オルガナイザー」(組織者)の略語で、労働運動が盛んだった頃は、一般用語としても通用したが、今では遠い言葉になってしまった。

 専門職としてのオルグ制度は1956年「中小企業未組織労働者の組織化」を掲げた総評が創設した。総評とは-この言葉も説明が必要だろう-国労や日教組、私鉄総連などが加盟した国レベルの労組の連合組織で、後に今の「連合」に合流している。

 伍賀さんは66年にオルグとして採用される。万博はその4年後だった。開催期間は3月半ばから半年間、従って働く人の多くは、期間雇用の「非正規」だった。伍賀さんによると、ここで多くの若者を使い捨てにするような事態が頻発した。

 「詐欺にかかった」「こんな侮辱的な扱いは初めて」「すべてに疑いを抱くようになった」と口々に訴えたのは、情報通信に携わるプログラマー、オペレーターたち。前年秋の広告を見て応募、授業料4万5千円(70年の大卒初任給は3万9900円)を払って受講し、いざ働く段になって雇用主が万博協会でなく3次下請けの会社であることを知る。同じ仕事をしている万博協会の職員は、賃金を支給されながら研修を受け、日給も高く、2カ月分の一時金まで支給されていた。

 ベルギーレストランでは「足が太いから」「目が悪いから」「歩き方が悪いから」という理由で従業員が解雇された。業務上のミスに罰金制を設け、残業手当も払わなかったのはチェコ国立劇場のカナダ人総支配人。

 男性オルグ3人と伍賀さんが職場に入り、4月下旬に「エキスポ総合労働組合」を組織する。わずか1カ月半で組合員は1千人を突破した。委員長は高田節子さん。それが示すように、組合員の多くが若い女性だった。だからこそ、伍賀さんがオルグに入ったのだ。そして、労組ができると、経営側の弾圧も始まった。

 女性委員長が鍵をかけた部屋に2時間も監禁され「今後一切要求をしないと約束しろ」と強要された。窓ガラスに組合員勧誘のビラ1枚をはると「所有権侵害だからクビだ」と通告された。

 伍賀さんたちは闘う。万博会場のそこここにストの赤旗が翻った。不当解雇をすべて撤回させ、賃上げも勝ち取る。労組の結成宣言は若い労働者たちの“人権宣言”だった。

 「どうせ6カ月だからということでアキラメが支配したり、国家的行事という名のもとに権利を放棄することは人間として精神的自殺行為に相当します…エキスポに働いた者の心のつながりも権利確立の闘いもないままに、チリヂリバラバラになることを私たちは人類の名において恥じます。労働者として人間として拒否します」

 伍賀さんの話から、やってくるかもしれない次の大阪万博への教訓を引き出すだけでは足りない。女性オルグたちの活動は、いまある問題と直接響き合う困難を浮かび上がらせ、険しいが、その困難を克服する道をも指し示しているのだ。(47NEWS編集部、共同通信編集委員佐々木央)=続く

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