【世界から】スイスで「指圧」が人気の理由

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施術するカテリーナ・ブレーシ=クリソチョウさん。中国医学の学校でも教鞭を取っている=岩澤里美撮影

 街並みは落ち着いていて、遠くに目をやると美しい山々が連なっている―。スイスと聞くと、多くの方がこのようにのどかな雰囲気を思い浮かべるのではないだろうか。だが、「マッサージ大国」の日本とまではいかないものの、心身のリラックスのために日頃からマッサージに通う人が近年増えている。

 チューリヒ近郊でマッサージを仕事にしている日本人女性の顧客はスイス人ばかり。しかも、予約は3週間先まで埋まっているというから人気のほどがうかがい知れる。チューリヒにある私立のマッサージ学校では年に100人ほどが短期コースで学び、「セラピスト」の道を目指している。こんな中、日本生まれの指圧も、心や体の痛みを和らげてくれると人気が高まっている。

西洋方式から指圧へ

 頭痛がひどい、背中や腰に激痛が走るといった症状が出たとき、スイスでは、通常、まず一般医のもとへ行く。医師が運動的な治療が必要だと判断すると、理学療法士から7~8回でワンセット(週1回ずつ)の治療を受けることになる。1回20~30分で、症状に合った体操をするほか、理学療法士によるマッサージが行われる。

 必要なら2セット目を受けられる。しかし、私の周りのスイス人(30~50代)で治療を受けた人は、「理学療法は効き目が実感できない」と言う人が多い。症状が緩和されないとなれば、ほかの方法を探そうとするのはスイス人も同じ。そこで注目し始めたのが、はり・きゅうや指圧、気功といった東洋療法だ。これらの療法についての情報を本やインターネットなどで入手するほか、知り合いからの口コミを通じて知って、試してみようと足を運んでいる。医師の指示は要らない。はり・きゅうというと、以前はスイスに住む中国人によって行われることがほとんどだったが、今ではスイス人が行うことも珍しくなくなった。同様に、指圧や気功についてもスイス人が施すことが多い。

 国も資格制度を整備しており、指圧やヨガなどには「補完療法士」、はり・きゅうには「自然療法士」という国家資格が必要になる。

 「確かに、いま指圧がブームですね」。そう話すのは、指圧を専門とする補完療法士として10年以上の経験があるカテリーナ・ブレーシ=クリソチョウさん。近年の指圧人気について、彼女は「理学療法より指圧を好むのは、一つには、痛む箇所だけでなく体全体の調子を整えてもらえることでしょう。指圧では、病気の要因を知るために、体と考え方と心の深い部分を見ていきます。そして、1時間の施術で体にふれてもらって気持ちが落ち着くことも大きな理由だと思います」と指摘する。

効果が見えやすい

 「指圧は問題を引き起こしている源に働きかけるので、効果が表れやすいことも人気を得ている理由でしょう。ほとんどの人が1回の施術で、何らかの良い効果を感じます。みなさん、とてもびっくりしますね。指圧によって、自分の心身の状態、たとえば心身が強いストレスに陥っていることなどに初めて気が付いて、心身共に緩んで、感情がかなり揺さぶられる人もいます。同じ東洋療法でも、はり・きゅうはこれほど早く効果は表れないです」。ブレーシ=クリソチョウさんが続ける。

 彼女によると、患者の男女比はほぼ同じくらいだという。バーンアウト(燃え尽き)、鬱(うつ)の症状、不安障害、不眠症、頭や首の痛み、腹部に表れる症状(腹痛、下痢など)などに悩む人が、よくやってくるそうだ。心の不調が体の疾患を引き起こしていることは多い。バリバリ働き、毎日2時間ジョギングすることが普通だと信じて体を壊した男性、家を購入したとたん職を失ったらどうしようとか常に不安でたまらなくなって、呼吸困難を抱えるようになった男性、フルタイムで働き、よい母親、よい妻でもあろうと頑張り過ぎて自分のための時間がなくなって無気力状態になってしまった女性といった患者を挙げてくれた。

 「たとえば肩が痛い場合、典型的な理学療法士だと肩の構造から判断して機能的なアプローチをします。指圧では肩だけでなく、経絡(全身を走っている気の通り道)の考え方にそって体全体を見る上、その人の職場での様子や家での過ごし方などを聞いて包括的にアプローチをしていきます。症状がその人が自分を信頼できず、自分らしさを失っているなど精神面に起因しているのならば、心の面からのアプローチとして自分らしさを改めて実感できるとされる足の指圧も同時に行います。腰が痛い患者には、経筋(筋肉のつながり)と筋膜の視点から、お尻を指圧して治療したりもします。治療法は、必ずしも指圧でなくてよいと思います。指圧の利点は問題を深部から癒やせること。本当に治療に成功しやすいです」

3割がバーンアウト

 チューリヒに二つの診療所を持つブレーシ=クリソチョウさんは、私立の精神クリニック(入院施設)でも働いてきた。クリニックでは、たくさんのバーンアウトの人に施術している。スイスは働く人の30%の人がバーンアウトだと推計されている。自分には、もう何もできないと消極的な心のありかたになっているバーンアウトの人たちは、すぐに風邪をひく、動悸(どうき)が激しい、集中できない、眠れないと訴えるという。「指圧ってなんだ、そんな方法が効くわけがない」と懐疑的な人も、1回受けてみると180度違う意見になるそうだ。

 スイスには、私立の精神クリニックがあちこちにあり、チューリヒやその近郊では、約10年前から指圧による治療が徐々に取り入れられている。最近は、不安障害のある人が増えてきているそうで、指圧はよく効くとブレーシ=クリソチョウさんは話す。そして、指圧人気はスイスにとどまらず、ヨーロッパのほかの国にも広がっている。(スイス在住ジャーナリスト、岩澤里美=共同通信特約)

チューリヒ湖を臨む私立の精神クリニック(c)Sanator Kilchberg