私のネット際 〜インタビュー「プロフェッショナルと卓球」〜 石井良明 ♯3

文・インタビュー:武田鼎(ラリーズ編集部), 写真:伊藤圭

慶應中等部で卓球と出会い、スーパーマーケット黎明期から商売の世界で戦い続けた石井良明氏。「成城石井」躍進の裏側には何があったのか。失敗も成功も清濁併せ呑む力強さがあった。

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和食屋開業というミス、そして「駅ナカ」へ…

経営をしている以上、もちろん失敗もあります。それが最初の店舗のオープンから12年後の1988年にオープンした青葉台店の横に空いたスペースを利用して開いた和食屋でした。結果を見れば大失敗。味もなかなかよかったと自負していましたが、家賃が高く、それに見合うほど客足も伸びなかった。何より成城石井の材料を使っていたために原価率が異常に高く、毎月200万円ほどの赤字を出し、撤退することになりました。

経営をしている以上、失敗はつきもの。肝要なのはそこから、思考して動くことです。現役時代の私は、経営者は常に先のことを考えるのが仕事で、いつも三手先、四手先を読むものであり、過去を振り返ることなど御法度だと認識していました。

社会の変化はダイレクトに小売に直撃します。例えば働き方が変わればそれに対応しなければならない。1986年に男女雇用機会均等法が施行され、女性の社会進出が本格的に始まりました。そこで新しいビジネスのチャンスです。

考案したのが「半製品」の惣菜です。女性の社会進出が始まったとは言え、やはり「料理はお母さんの役目」という意識は強くありました。主婦からすると「出来合いそのまま」を食卓に出すのは気が引ける。ならばすでに衣がつけてあって「後は揚げるだけ」の状態で販売しました。成城石井で買ってきて、家庭で「一手間」かければ家族の目もごまかせる。「半分の工程まで」の状態で販売したところ女性客から大きな反響がありました。

他にも「駅ナカ」という概念を初めて提唱したのも成城石井です。それまで駅は「ただ人が行き交う場所」であり商売をする場所ではありませんでした。せいぜいキオスクやコンビニ程度のものです。もちかけられたのは恵比寿駅の出店です。当時は埼京線が大崎駅につながっておらず、埼京線の利用者にとっては恵比寿駅が終点でした。ならば「地元に帰ったら売っていないもの」「地元に売っていても高くて買えないもの」を揃えようと考えました。46坪というスーパーとしては小規模の立地に込めたのは「高くても欲しくなるいいものを揃えたい」という成城石井のエッセンスです。得意のワインやチーズ、惣菜などを中心に大好評でした。「駅とはこれほどまでに可能性があるのか」と驚いたのを覚えています。

これまで3回にわたって、私の、そして成城石井の歩みをかいつまんで話してきました。様々な施策はまるで一人で打ち立てたかのように語っていますが、違います。私には嶋崎さんという聡明な“ブレーン”がいました。彼女が次々と女性目線で新しいアイディアを出してくれ、多くの場面で持ち前のセンスを発揮してくれました。それは店のレイアウトに限らず、魚の切り身の厚さに至るまで、徹底的な主婦目線で店作りを進めました。1970年から80年代は、小売業界も男性が多かったのですが、スーパーの主要なお客さんは女性です。女性に受けなければ売れる店には成長しません。

最後に一つだけ

「泥臭く、前へ前へ出て、粘って勝つまでやること」石井氏が卓球から学んだ仕事の哲学だ。写真:伊藤圭

経営者として2004年に成城石井を売却して今は引退しています。悠々自適な老後…というわけにもいかず、現在は起業家支援などをしております。成城石井の経営者としては一区切りしましたが、ビジネスパーソンとしての人生はこれからも続いていきます。昨今、様々な企業を見ていて思うのは、「部下が伸びないのは上司の責任」だということ。部下が数字を作れない、成績が伸びないっていうのならそれは上司の指導が悪い。いろいろな問題がありますが、これに終始すると思っています。もちろん、精神論、感情論ではいけません。必ずデータに基づいて話さなければいけないでしょう。

さて、少し長々と喋りすぎましたね。成城石井も昔から「あえて多くを語らない」をモットーにしていました。自分たちの努力をことさら喧伝せず、すべてをお客様の評価・口コミに任せる。それはSNSが発達したこの時代でも変わらないこと。私自身、卓球部時代から自分のキャリアを話したのは初めてのことです。実は、今の卓球も熱心に見ているんですよ。

仕事も卓球も「勝ちたい」って思ったら「泥臭く、前へ前へ出て、粘って粘って勝つまでやること」。それが卓球から学んだ仕事の哲学かもしれません。

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私のネット際 〜インタビュー「プロフェッショナルと卓球」〜 石井良明 ♯2

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