トランプ大統領が北朝鮮女性を「置き去り」に

12日に行われた米朝首脳会談では案の定、北朝鮮の人権問題について意味のある議論は交わされなかった。まったく意外なことではなく、予想通りの展開と言える。

北朝鮮にとって、「完全な非核化」は簡単なことではないだろうが、不可能な課題でもない。金正恩党委員長は北朝鮮において、「全能」に近い独裁者だ。彼が決心すれば、たいていのことは実現できる。

しかし、人権問題は別だ。国民に対する人権侵害を止めるということは、恐怖政治を止めることと同義だ。そんなことをしたら独裁権力が弱まり、「全能」ではなくなってしまう。

それでも、ある程度の「改善」は可能だ。これまで北朝鮮社会で見捨てられた存在も同然だった障がい者へのサポートや、女性の地位向上を図ることはできるだろう。

また、金正恩氏以外の権力者たちによる「やりたい放題」を取り締まることもできる。

それでもやはり、国民に対して「言論の自由」や「結社の自由」を認めることはない。平等な法体系に基づいた公正で透明な司法も期待できない。それらを制限し、反対意見への暴力的な抑圧を続けているからこそ、金正恩氏の統治は盤石なのだ。

だが、トランプ米大統領に対する批判勢力は、「北朝鮮とは、まあそんな国さ」というような納得の仕方は決してしないだろう。今回の共同声明の最大の弱点は、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)が明記されなかったことなどではない。金正恩氏は条件さえ合えば、いつでもCVIDをやると宣言するだろう。

問題は、民主主義の守護者を自負する米国の大統領が、人権問題で何の留保も付けることなく、「民主主義の敵」を認知してしまったことなのだ。

ましてやトランプ氏は、昨年9月の国連総会演説で、北朝鮮を「邪悪な体制」と呼び、同11月の韓国国会での演説でも北朝鮮では約10万人が強制収容所に拘束され、拷問などの虐待を受けていると糾弾したのだ。今年2月にホワイトハウスに脱北者を招いた際には、北朝鮮女性の人身売買を自分が「止めさせる」とまで宣言した。

トランプ氏は、いったんは自分で「助ける」と言った北朝鮮女性たちを、置き去りにしようとしているのも同然なのだ。

こうした「手のひら返し」に対する非難は、決して止むことがないだろう。次の大統領選に出馬する米民主党の候補は、トランプ外交を否定するため、まず間違いなく北朝鮮の人権侵害を問題にし、「私が勝ったら、トランプ氏のように民主主義を傷つける間違いは絶対に犯さない」と宣言するはずだ。もしその候補が大統領になったら、北朝鮮の人権問題が改めて大きなテーマとなり、今回の米朝間の合意が完全に破たんする展開もあり得なくはないのだ。

© デイリーNKジャパン