私、愛されてる?:バツイチでも市場価値の下がらないハイスペ夫が、離婚を思い留まる理由

あなたは、「夫から愛されている」と断言できますか?

結婚3年目。少しずつ、少しずつ「マンネリ」に陥ってしまったとある夫婦。

熱烈に愛されて結婚した筈なのに、幸せになるために選んだ夫なのに…。

狂い始めた2人の歯車は、果たして元通りになるのだろうか。

これは、東京の至る所に転がっている、

「いつまでもいつまでも、幸せに暮らしました。」の後のストーリーです。

夫の愛情を取り戻そうと奔走する専業主婦の真希。日舞のお稽古で出会った魅力的な人物に思わぬ刺激を受け夫に本音をぶつけるが話し合いの結果、夫が出て行ってしまい、自立を決意する。

「それでは、河村健介様よりお言葉を頂戴致します」

みずみずしく弾んだ声の割には、随分と老けた司会の女だと思った。

健介がこうして結婚式でスピーチをするのは2回目である。

33歳の若造に、結婚という門出に相応しい言葉を本気で求めている参列者がいるとは到底思えないが、仕方がない。

自分はただ、代表取締役社長として、新郎の働きぶりや結婚生活へのエールを滞りなく述べれば良いのだ。

「井上君は、その優秀な頭脳を活かし…」

こうした場に立つ時に、自分に求められていることはハッキリと分かる。

2代目社長としての若々しさや爽やかさ、しかし会社を率いる者としての器の大きさや度量を見せ、新郎新婦の両親を安心させなくてはならない。

会場全体に自信を持った眼差しを向け、簡潔でいて印象に残るエピソードを、大きく落ち着いた声で披露する。

そんなものは人の上に立ち、話をする場数を踏めばそう難しいことではない。

「結婚生活は、夫がいかに我慢するか。僕自身も3年目でまだまだ若輩者ですが、それこそが平和な結婚生活の秘訣であることは間違いありません」

会場は予想通りドッと湧いたが、健介の心には虚しさが残った。

自分が本当は平和な結婚生活の秘訣など全く心得ていないことなどは、痛いほどに知り尽くしているのだから。

顔も稼ぎも悪くないハイスペ男の意外な一面に迫る

若手経営者のもうひとつの仕事

「健介さんお疲れ様です!」

儀礼的にシャンパンに口をつけた後は、ビール党の健介に気を利かせた社員が持ってきたグラスを一気に空にする。

新郎新婦の両親への挨拶を済ませれば、後は健介にこれといった役割はない。会社の若手に囲まれ、リラックスした雰囲気で式を眺めることが出来た。

「あれ?社長…」

親父の代からいる、女性役員に声をかけられる。

いわば2代目社長のお目付役のような立場で、とうに50を過ぎている彼女には、どうも頭が上がらない。

「カフスボタン、片方忘れちゃったんですか?珍しい」

真希がいない隙を狙って家に帰宅したときに礼服や小物類を取りに帰ったものだから、今日はうっかりカフスをひとつ忘れてきてしまっていたのだ。

それに気が付いたのも今朝で、わざわざ買い直す時間もなかった。

手を庇うようにして隠していたのに、女性はこういうところが本当に目ざといと思う。

彼女の眼差しは鋭く、健介は全てを見透かされたような気になった。

真希と大喧嘩して家を出たこと、そのままビジネスホテル暮らしをしていること…。

無駄な出費を嫌う健介が滞在する部屋は、質素でなんとも味気ない。

当たり前だが、真希が毎日整えてくれた部屋で暮らしていたのとは大違いで、少しずつストレスが溜まってきているのだ。

自分一人の食事にはこだわらない主義であるから、家を出てからは外食ばかり。

それも栄養バランスなどを考えずに目に付いた飲食店で食べるものだから、心なしか肌も荒れてしまっていた。

そんな生活で、健介は今までいかに自分が真希によって快適な生活をさせて貰っていたかを実感した。

あと、どれくらいこんな生活を続ければ良いのだろう。

最近の真希とは言い合いになるたび“話が通じない”と感じるし、その話し合いも心底面倒だと感じる。

お嬢様として育った真希に見合う生活をさせようと、周りの奥さん達にも自慢できる様なマンションに住み、いつ子供が出来てもいいように貯蓄や投資にだって相当の力を入れているのだ。

その努力を否定されたも同然の真希の一言は、まだ健介の中でくすぶり続けている。

それでも健介は、まだ真希と本気で別れる気にはなれなかった。

それが何故なのかは分からないまま家を出ていたが、今日こうして結婚式に出席してみて、“結婚の重み”や“誓い”といったようなものを、自分が人よりも重視していたのが理由かもしれないと思う。

自分と同じような若手経営者と飲んでいる時、ふと妻と大ゲンカをして家を出ていると漏らしたことがある。

その時も、彼らはこぞって「お前みたいに若くて金持ってる奴なら、離婚しても新しい女なんてすぐ見つかるだろ」というようなことを散々言っていた。

たしかに周囲には恋人を取り替えるように離婚再婚を繰り返す輩もいるが、自分は絶対にそんなことはしない、と改めて思った。

相変わらず世間知らずな真希の元に現れた、思いがけない支援者とは...?

ついに自立への一歩を踏み出す真希

「本当にいいの?」

ホテルニューオータニの鉄板焼レストラン『石心亭』で、真希は思わず弾んだ声を上げた。

小学校から大学までを共にした恵梨香が、真希さえその気なら教育事業を営む自分の父親の会社で働いてもいい、と言ってくれたのだ。

未経験なのも承知で、一から色々と教えてくれるという。

「といっても、最初はアルバイトとして、という条件つきよ」

それでも真希は嬉しかった。

というのも、自立しようと決めた真希に対し、周囲の人間の反応はことごとく冷ややかだったからだ。

健介との関係修復を望む実家にはもちろん頼れないし、美智子にも呆れられるほどの世間知らずぶり。

それでも手当たり次第に心当たりを訪ねて、やっと恵梨香が色よい返事をくれた。

だが、恵梨香はさも不思議そうな顔をしている。

「でもさぁ、私たちみたいに今時花嫁学校みたいな女子大を出て、社会人経験が無い主婦なんて、お家で家事をしてたほうがよっぽど楽なのに。健介さんと大喧嘩したのは知ってるけど、なんでそこまで働きたいの?」

いくら感謝をされないからといって、家でおとなしく家事をしていた方が良いことくらい、既に真希にも分かっている。

惨めな自分の市場価値を目の当たりにした真希は、例え自分が1ヶ月間汗水垂らして働いたところで、健介が住まわせてくれる家の家賃には到底及ばないことも知った。

だが、それでも自分は働かなくてはいけないと思うのだ。

その上で、自分が自立できてもなお健介が好きなのか、それが知りたい。

健介が提供してくれる生活の有り難みが分かっただけで、このまま働かずに生活していれば、すぐにその感謝の気持ちを忘れてしまいそうな気がする。

恵梨香のお父さんの会社で1日アルバイトをしたところで、やっとここのランチ代が払える程度だろう。

だがそうした積み重ねで、夫がいかに苦労してお金を生み出しているかも、少しでも理解できるはずだ。

そうなればきっと、健介に対して自分がどんな気持ちを持っているか、改めて確認することができる気がする。

真希は、就職の報告のために、1週間ぶりに健介に連絡を取ってみることにした。

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