初導入のVARがフランスに幸運をもたらす
試合は57分に動いた。スルーパスにキリアン・ムバッペとアントワ―ヌ・グリーズマンが反応した。グリーズマンが先に抜け出すとオーストラリアのDFジョシュ・リズドンがスライディングで止めた。ペナルティボックス付近の微妙なエリアでの微妙なプレイ。主審は一瞬、流したかに見えたが、すぐにVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)判定を指示した。
リズドンが不安な様子を見せる中、スタジアムは判定の瞬間を待ち、ざわざわした空気が流れていく。主審がペナルティを指すと歓声と落胆の声が交錯し、グリーズマンを中心に歓喜の輪ができた。58分、グリーズマンが決めて先制。今大会で歴史上、初めてVARが導入され、その判定で生まれた初ゴールだった。
これでフランスが勢いに乗ると思った。先制するまで、フランスはオーストラリアのブロックを敷いた厳しい守備に手を焼いた。とりわけボランチのマイル・ジェディナクとアーロン・ムーイらの足元へ深く入るスライディングや激しい当たりにフランスの選手たちは苦慮し、テンポよくつなぐことができなかった。ピッチのあちこちで転げ、痛むフランスの選手が続出した。オーストラリアは肉弾戦に持ち込み、その作戦が功を奏していたのだ。
だが、失点したので前に出ていかなければならない。フランスはその隙を狙えばいい。カウンターの鋭さや攻撃のバリエーションはフランスに分がある。一度、流れを掴むと離さずに終わらせるのが強豪チームだ。
しかし、62分、セットプレイからまさかのプレイが出た。オーストラリアのFKからボックス内にいたフランスDFウムティティが万歳をしてハンド。オーストラリアにPKが与えられたのである。決めたのはジェディナク。同点に追いつき、俄然勢いに乗るオーストラリア。相手の勢いを受けて、やや劣勢に立たされたフランス。ともにPKによるゴールとなり、次の1点が勝負の趨勢を決めるのはほぼ間違いなかった。
勝負を決めたのはまたしてもテクノロジー判定
70分、デシャン監督は思い切った手を打つ。グリーズマンとデンべレの主力をいきなり替えたのだ。今回のW杯を「歴史を刻むための第1歩」と言い切ったデシャン監督ゆえに、初戦につまづくわけにはいかない。PKを決めたもののプレイはもうひとつのグリーズマンを替え、ジルーを出して、勝負に打って出たこの采配からはこの大会に賭けるデシャンの執念が感じられた。
オーストラリアも、勝ち点を取るために前半から貫いた厳しい守備を止めない。たとえ技術が相手よりも落ちても、こういう戦いをすれば、簡単にやられることはない。オーストラリアは、FIFAランキング下位のチームが強豪国に喰らいつくためのひとつのやり方を見せてくれた。しかし勝負が決まったのは、またしても最先端機器によるものだった。
81分、ポール・ポクバが豪快なミドルを放ち、ゴールバーに直撃するとボールはゴールライン付近に落ちた。主審がゴールラインテクノロジーで確認、ゴールラインを割ったと判定し、フランスが勝ち越しに成功した。
ビデオ・アシスタントレフェリー、ゴールラインテクノロジーと2つの判定システムによって、フランスは、なんとか勝ちを拾った。20年前なら、オーストラリアが勝っていただろう試合内容だったが、フランスは最先端のシステムによって救われた。「厳しい試合だった。この勝利は次につながると思う」デシャンは、厳しい表情でそう言った。すっきりしない試合内容による苦いシャンパンの味は、果たしてフランスにとって良薬になるだろうか。
文/佐藤 俊
スポーツライター。出版社勤務を経て、’93年にフリーランスに。サッカーのみならず、野球やゴルフ、陸上に水泳と守備範囲は広い。サッカー関連の著書に「中村俊輔リ・スタート」(文藝春秋)、「宮本恒靖 主将戦記」(小学館)、「サッカーライターになりたい」(ぴあ)など。
theWORLD201号 2018年6月17日配信の記事より転載