安心して暮らせる避難先? 1つのテントに14人、トイレも30分待ち

イドリブの国内避難民キャンプで暮らす少年

イドリブの国内避難民キャンプで暮らす少年
土に汚れたテントの窓から外をのぞく

なだらかな丘とオリーブ畑の間に、テントがゆるく張られている。シリアで内戦が始まって7年、北部イドリブ県の野原には新しい作物が育ってきた。ここに、紛争を逃れてきた数千人ものシリア人が、国内避難民として暮らしている。

人びとは爆撃や空爆を逃れ、安全な「聖域」を求めてここへやってきた。赤土に汚れ砂ぼこりが舞う白いテントで、今、彼らが直面している生活とは?

もう3ヵ月、援助が何もない

避難民キャンプで、裸足のままたたずむシリア人の少女

避難民キャンプで、裸足のままたたずむシリア人の少女

「4度避難して、ここへたどり着きました」。ハマー県東部の村で暮らしていたスレイマンさんは、紛争を逃れてあちこち避難し、4ヵ月前に妻と4人の子どもたちとこの地で暮らし始めた。「最初のうちはNGOが援助してくれていました。でも、ここ3ヵ月は何も助けがありません」

シリアでは約200万人が紛争により家を追われている。ここ2ヵ月間で、ダマスカス近郊の東グータ地区とホムス北部から8万人の避難民がイドリブ県に到着し、地域行政や人道援助団体の支援が追いつかない状態だ。複数の世帯で狭い部屋にひしめき合って暮らすか、多くは基本的なサービスもない避難民キャンプで暮らしている。

キャンプに作られたトイレは、数が全く足りていない

キャンプに作られたトイレは、数が全く足りていない

イドリブ県アトメに近い野原にテントを張るアブー・アフマドさんは、「キャンプには135世帯が暮らしています。トイレが6~7つしかないので、使いたくても30分は待たなければならないし、清潔でもありません」と語る。

多くの人が必要な医療を受けられていない状況に、国境なき医師団(MSF)は活動を強化して対応している。シリア北西部地域のMSF活動責任者、ハッサン・ブーセニンは、「キャンプで行っている2つの移動診療に加え、さらに3つの緊急移動診療も始めました。ここで暮らす人びとはもう何年も紛争を生きてきて、今は人口過密なキャンプの狭い空間に押し込まれています。医師がほとんどおらず、民間の医療が高すぎて支払えないような場所で人びとを治療できるように、最善を尽くしています」

移動診療でシリア人少年を治療するMSFスタッフ

移動診療でシリア人少年を治療するMSFスタッフ

MSFの移動診療チームリーダーを務めるモハメド・ヤコブ医師は、「医師としてここに残って、避難で大変な思いをしている人びとを助ける義務があります。当初は気管支炎やのどの炎症、下痢などが主な症例でした。しかしこのところ、多くの避難者がシリアのあらゆる場所から到着しており、混雑したキャンプでさまざまな感染症が広がっています」

「聖域」を求めてきたけれど…

イドリブ県の農地に広がる国内避難民キャンプ

イドリブ県の農地に広がる国内避難民キャンプ
のどかに見えるが周辺では戦闘が続く

もう何年も、安全に暮らせる「聖域」を探し求める人びとがイドリブ県を目指している。ここ1年、反政府勢力の支配地域で暮らしていた人びとが避難し、最近では県南部の地域からも多くの人びとが到着している。

「村が飛行機に空爆され、私は腕を失いました」。右腕があったところを切り落とすような身振りを見せながら、サフワンさんは話す。「政府がまた村を爆撃したので、ここへ逃げてきたんです。NGOにテントをもらい、住み始めて3年…もうすぐ4年になります」

イドリブは安全な楽園ではない。周辺ではシリア政府が主導する連合軍と反体制派勢力との戦いが続いており、政府の支配地域の外では連合軍による爆撃や空爆も絶えない。イドリブ内では武装勢力同士の関係が複雑に入り乱れ、ここ数ヵ月、組織間抗争も激しくなっている。ここへ来れば苦しみが終わるわけではなく、人びとは身の安全の不安と過酷な生活に直面するのだ。

キャンプでは食べ物も水も不足している

キャンプでは食べ物も水も不足している

ヤシールさんは、妻と12人の子ども、息子の妻と孫を連れてハマー県から避難した。「家を出た日…その日は夜に出発し、爆撃にあいました。子どもたちの食べ物と衣服を車に積んでいましたが、盗まれて何も残っていません。すべてを失い、子どもたちを連れて逃げるしかありませんでした。持ち物は、今身につけているシャツだけです」

ヤシールさんと似た境遇の人びとが、着の身着のままでキャンプに到着している。テントを張っているのは、極寒の冬と厳しい夏の暑さにさらされる地だ。キャンプの衛生環境は悪く、下水がむき出しになって流れているところもある。テントに虫が群れてくると訴える住民もいる。

子どものミルクも、食べ物も手に入らない

子どものミルクも、食べ物も手に入らない

「激しい空爆から逃げて、夜通し歩いてきました」と語るのは、ファウジアさんだ。ファウジアさんは、わずかな水だけで5人の子どもたちを洗ってみせた。石けんもなく、おむつさえ足りていない。「食べ物も飲み物も、何もありません。テントしかないんです。ある夜、テントのなかで息ができなくなりました。息苦しくて、外に出て呼吸を整えるのに2時間もかかりました。1つのテントで14人が暮らしているんです」

母親たちを悩ませるのは、子どもの食べ物を見つけること。2018年に入り最初の数ヵ月、MSFの移動診療で診た5歳未満児の4%が中程度の栄養失調だった。大きな数字ではないが、この状況はずっと続いている。ファウジアさんは「民間の診療所でミルクをもらいたいと頼んだけれど、もらえませんでした。何も買うことができないんです」と語る。

必要な援助を届けるために

データ収集担当者が、移動診療にやってくる患者の情報を記録する

データ収集担当者が、移動診療にやってくる患者の情報を記録する

MSFの移動診療チームがトラック3台を駐車し、防水シートで影を作って仕事に取り掛かった。データ収集を担当するスタッフが、治療にやってくる人びとの詳細を記録していく。看護師が患者の身体測定をすると、1台のトラックで医師の診察を受ける。助産師は産前・産後ケアを専用のトラックで行い、予防接種や薬の処方もこの移動診療で行っている。

「移動診療で治療している主な疾患は呼吸器系の病気です」と、MSF医療コーディネーターのソーニャ・ヴァン・オッシュ医師は語る。「厳しい生活環境のため、皮膚病の人も多く、衛生面の悪さから下痢症になる人も多くいます」

糖尿病や高血圧症などの非感染性疾患も、移動診療所で多く診る疾患だ。こうした病気は継続したフォローアップと治療が必要で、避難生活を送る人びとがなかなか受けられない。

必要な援助が、必要な人に届いていない

必要な援助が、必要な人に届いていない

この地域では、新しく到着した避難民だけでなく、もともとここで暮らしていた住民も、医師の不足や治療費の高さ、質の高い医療がないという問題に直面している。こうした場所では、人びとが医療サービスを無償で受けられることが非常に重要だ。

イドリブ県で援助活動を行う団体はたくさんある。問題は、必要なものがきちんと届けられていないことだ。不安定な治安環境のなかで、MSFのスタッフは明らかに不足している医療を届ける重要性をしっかりと認識しながら、誇りを持って援助活動をしている。ヤコブ医師は言う。「安全面での問題も時々あります。車両が危険にさらされたり、時には爆発事件もあったりしますから。でも、私たちは不運で孤立してしまった人びとに何かをしてあげられるんです」

MSFはシリア北西部で2ヵ所の病院と5つの移動診療、4つの予防接種チームと、非感染性疾患を治療する2ヵ所の診療所を直営するほか、14ヵ所の提携医療施設を支援している。このほか、MSFが立ち入れない地域の施設25ヵ所を遠隔支援している。

MSFは活動認可が現在も得られていないシリア政府統治地域では活動できていない。政治的圧力からの独立性を守るため、シリアでの活動にはどの国の政府からの資金も投入されていない。

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