米ドルから中国人民元に…北朝鮮国民の「財布の中身」主役交代

かつての北朝鮮で外国人と接する機会があったのは、貿易や観光に従事する人々や、元在日朝鮮人の帰国者ぐらいだった。そのため、北朝鮮で最も力のある外貨は、米ドルと日本円だった。

北朝鮮では個人の外貨の所有と使用が厳しく制限されていたため、元在日朝鮮人と言えども、外貨を直接使うことはなかった。

韓国政府系のシンクタンク、韓国産業研究院が発行した「北朝鮮の外貨通用の実態分析」には、日本に住む親戚を持つ元在日朝鮮人で、北朝鮮に帰国後に脱北したBさんの、1970年代の北朝鮮の外貨をめぐる証言が掲載されている。

北朝鮮に帰国後、すぐに黄海南道(ファンヘナムド)の信川(シンチョン)に住居をあてがわれた。1976年に各道庁所在地にも外貨商店ができたが、信川にはなかったため、各郡に住む元在日朝鮮人の家を回る外貨商店の移動販売車で買い物をした。

支払いは、朝鮮中央銀行で作った通帳のようなもので行った。親戚からの送金は、銀行で通帳や外貨商店だけで使えるカードに記帳され、それで決済した。実際に、日本円の紙幣を見ることはなかった。外貨商店で売られている商品には政府が決めた値段が付けられていたが、高くてもその値段で買うしかなかった。

このように北朝鮮の外貨管理は、国に一元化されていた。しかし、そのシステムは1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」を機にほころび始め、経済に破滅的な影響を与えた2009年のデノミネーション(貨幣改革)で崩壊してしまった。

北朝鮮ウォンは信用を失い、国内では米ドルが流通するようになった。デノミを境に、米ドルの存在すら知らなかった農村でも、米ドル使用が一般化した。協同農場で農民がコメを買うときにも、米ドルでの支払いが要求されるようになった。

当局は、国内での外貨使用を禁じる布告を度々出しているが、全く効果がないようだ。

ちなみに日本円は、2006年からの経済制裁で北朝鮮に流入する量が減ったことで、あまり使われなくなった。

一方、中国の人民元は新義州(シニジュ)、恵山(ヘサン)などの中朝国境地域を中心に使われるだけだったが、最近では米ドルに取って代わりつつある。

最近中国を訪れた平壌市民は、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)の取材に、「首領様(金日成主席)や元帥様(金正恩党委員長)より偉大」と言われていた米ドルの地位が、中国人民元に押されつつあると伝えた。

首都・平壌では依然として米ドルの流通量の方が多いが、徐々に中国人民元が使われることが多くなっている。その理由は「米ドルと比べて小額紙幣が多い」(情報筋)というものだ。

「ドルは人民元より額面が大きいため、おつりを渡すときにトラブルが頻繁に起きる」(情報筋)

最少額紙幣を比べると、米ドルは1ドル(約110円、8000北朝鮮ウォン)だが、中国人民元は1元(約17円、1230北朝鮮ウォン)だ。また2元、5元、10元と、使うのに便利な単位の紙幣が多い。

北朝鮮の市場では、米ドルや人民元で支払っても、おつりは北朝鮮ウォンで返ってくるが、このレートを巡ってトラブルが絶えない。切りのいい人民元で払えば、そのようなトラブルが防げるというわけだ。

人民元の人気には、もうひとつ理由がある。

「米ドルは少しでも汚れていたら受け取りを拒否されることが多い。それが流通のネックになっている」(情報筋)

咸鏡南道(ハムギョンナムド)の情報筋は2015年1月、汚れた米ドル紙幣は受け取ってもらえず、レートも悪くなると伝えている。一度、北朝鮮国内に入った米ドルは、海外に出ることなく延々と国内で流通し続けるため、ボロボロのものが多いのだ。

中国へ行って現地の銀行で汚れた紙幣を新札に交換しようとすると、米ドルは受け取りを拒否されることが多いが、人民元ならその心配がないという事情もある。つまり、紙幣の状態が良好に保たれているため、価値が下がらないというメリットがあるということだ。

しかし、人民元にもデメリットも存在する。

平壌に頻繁に出張に行く中国朝鮮族のビジネスマンは、かつてとは異なり北朝鮮では人民元だけで決済ができるようになったが、米ドルと比べると多少レートが悪くなると述べた。

そのため、額の大きいホテルの宿泊費は米ドルで支払い、細々とした買い物は人民元で支払うといった具合に使い分けているとのことだ。

一方、国の通貨である北朝鮮ウォンは、受け取りを嫌がられるほどの不人気ぶりだったが、レートが安定したおかげで信用を徐々に取り戻しているという。

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